イフリア国教会の白い控えの部屋で、ツゥエミールは眩〔まばゆ〕い輝きの長い金の髪を持つ姫神子に微笑まれて赤くなった。
正妻、ルーヴェの式から数日と経っていないことから、ごく秘密裏にセッティングされた婚儀。
密やかな式の最中。
「皇帝の、二番目の花嫁とはそなたのことか?」
その目が、好きな人の色によく似ている。
それに、どことなく雰囲気も……。
花嫁の戸惑った様子が気に入ったのか、あるいは何かに納得したのか――アリアナは「なるほどな」と口ずさむと、にこりと笑ってくすくすと低く喉を鳴らした。
「本命はこっちか?」
と、誰に言うともなくおかしくなる。
ツゥエミールの耳に唇を寄せると、スゥっと眦〔まなじり〕を下げ助言した。
「白い花嫁衣裳には気をつけた方がいい。これは普通よりも我慢がきかぬ……我が弟ながら厄介よ」
と、花嫁を迎えに来たらしい皇帝に顔を上げて示す。
意味深な微笑を浮かべて、通り過ぎる。
レイドイーグは、片眉を上げてアリアナを見送ると「それもそうだな」と呟いた。
「 え? 」
意味が分からなくてツゥエミールが花婿に顔を上げると、先ほどの姫神子に似た意味深な微笑がニヤニヤと見下ろしてきた。
ゾクリ、と身を固くして訊く。
「あの……方は?」
「ああ、姉上だ。何か言われたか?」
「ええ、いえ。――」
「姉」と答えられて、ツゥエミールは納得した。
(そういえば、「弟」と言っていたし……)
と、同時に言われた言葉を反復して首を傾げる。
まるで、謎掛けのような言葉、視線。
白いシンプルなドレスに目を落として、考える。
(気をつける……って、何に?)
「ツゥエミール?」
うかがうように覗きこまれた冷ややかな青の瞳に、熱い感情を見てドキリとする。
後ろに下がろうとして、壁に当たって立ちすくむ。
「ひゃっ!」
と、そのままレイドイーグに抱き上げられた。
壁と彼に挟まれて、宙に浮いた足元。
白いドレスは、自然に乱れ彼女の脚を露〔あらわ〕にする。
肩口に埋められた彼の口から潜められた笑いが聞こえて、包まれて動けなくなる。
「ヤバイ、まだここじゃできないのに……誘うなよ」
「な、レイド……のせい! ち、違う〜〜〜っ」
ツゥエミールは真っ赤になって否定した。しかし、この状況では誘っているのは確かに彼女の方に見える。
晒された肩にキスをして、レイドイーグは意地悪に笑った。
「――姉上の忠告もあるし、大丈夫。ドレスは汚さないようにするから」
「 ………っ 」
嫌な予感がした。
しかし、それを上回って愛しい気持ちがあふれる。
キスをされて、キスを返す。
「 ひぁ! 」
何度か、慣れさせたとはいえ男をはじめて受け入れる女の身体は悲鳴を上げた。
眩〔まばゆ〕く輝く金髪と冷徹に澄んだ青い瞳の皇帝は、銀髪というよりは灰色に近い長い髪とくすんだ青の瞳の第二妃を白い壁に追いやって、体を重ねた。
可愛くはあるが、地味な印象の彼女の中は狭い。息を吐く。
婚礼衣装からこぼれおちた女のささやかな片方のふくらみ。
天を向いた美味しそうな果実に、男の口がかじりついた。
隠れた片方は、服の上から掴んで固くなった実を探しあて、強めに刺激する。
「レイ……やっ」
涙目で訴えて、壁に押しつけられた背中と立ったままのその行為にツゥエミールは朦朧とした顔を苦しげに歪めた。
白い純白の婚礼衣装を汚さないために、無理な体勢で繋がりあった身体は、それでも少しの快感と本能で男を求める。
「締めつけるな、ツェム」
「ああっ……そ、そん、あ、あ!」
びくん、と背中が反ってツゥエミールはレイドイーグに抱えられた片足の先までもふるわせた。
彼女の締めつけに耐えきれず、暴走する皇帝の動きに芽を擦り上げられあっけなく落ちたのだ。
婚礼衣装の上のはだけ方といい、壁に押しつけられた体勢といい――はじめてを体験するには、酷な場所だった。
すぐそこに、国教会の宣誓台がある。
純白の空間。厳粛で潔白な部屋。
そこで、ツゥエミールはイフリア皇帝であるレイドイーグに処女を奪われた。
彼曰く、「誘ったのは、ツゥエミール」だと責めたが……彼女の露になった足を伝うはじめての証を見る限りは、あまりに非情な行為だった。
しかもである。
不運なことに、この時、まだ男の方は達していなかった。
しばらくして、覚醒したツゥエミールが見たのは悪魔のように美しく微笑む皇帝。
「気づいたか?」
「……う?」
まだ半分、意識が定かでないツゥエミールは男の肩に頬を預けた格好のまましなだれかかり、その下腹部に与えられる呼び起こすかのような淫らな動きに真っ赤になった。
「 や、ぁっ! 」
自分の身に何が起こっていたのかを思い出して……そして、それが継続していることに少なからず困惑する。
「レイド……もう、ヤメて――くださ……ひぁっ」
露になった胸の先を男の指でコロコロと転がされ、敏感になった彼女の身体は過剰に反応した。
言葉とは裏腹に、内部の熱は愛しいモノを求めて溶け出し、強くくわえこんでいく。
裂けるような痛みと甘い疼きに責められ、ツゥエミールはその儚げな容貌を苦しげにしかめた。
ハッハッと浅く息を吐いてしがみつくと、彼女は確かに限界だった。
レイドイーグにもそれは伝わり、わずかに身をふるわせると本能だけで彼を締めつけている彼女の中から自身を抜いた。
ぐったりとなったツゥエミールは、「レイド?」と彼の名を呼んで物問いたげに仰ぐ。
まさか、本当に止めてくれるとは思わなかったのだろうが――。
レイドイーグは答えず、彼女を壁に立てかけて立たせた。そして、婚礼衣装の純白を守るために女と自身の後始末をしっかりとして、最後にドレスを整えてやると、まだ息のあがったまま朦朧としている花嫁の耳に唇を寄せて囁いた。
「 残念だが、今のところは我慢してやろう。ツェム 」
ツゥエミールはそれが、レイドイーグの優しさからきた台詞ではないと気づいていた。
もちろん、行為をやめたこと自体は 優しさ からだったかもしれない。けれど、この自分に対する言葉は彼独特の一種の合図のようなもの。
「この俺を途中で止めたんだ、覚悟はできているだろう? 楽しみなことだ」
くっくっくっ、と笑う眩〔まばゆ〕い金髪に冷たく澄んだ青の瞳の皇帝に、第二妃ツゥエミールは戸惑った。
期待をされても、知識のない彼女にはどうすればいいのか分からない。だから、彼女は素直に思ったことを口にした。
「あの、でも……何をすればいいんですか?」
と。
皇帝は瞠目して、瞬間いつものように爆笑した。
こうなると、しばらく笑いがおさまらないから困ったことだ。
「くはは!……おまえらしいな。ツェム……いや、いい。しゃべるな、おまえ、俺を殺す気か?」
笑い死にはしたくない、とレイドイーグに手で制されたツゥエミールは、ワケが分からないと眉を寄せて――強く抱きしめられた。
*** ***
第二妃との婚儀は秘密裏に執り行われたため、幸か不幸か、その参列者はごく限られた人間だけだった。
ベールをかぶった奥で、ツゥエミールがレイドイーグに呟いた。
「なんか、お腹の中にまだあなたがいるみたいです。変な感じ……」
まるで、汚れを知らない初心〔うぶ〕な少女のように言ったので、皇帝は笑いを噛み殺して訊いた。
「痛みは?」
「少し。でも、平気です」
「ああ、すぐ慣れる」
さも、おかしくてたまらないとレイドイーグは鮮やかに笑って、無理をしているのだろう腕にしがみつく彼女の手を取り、その人差し指に光る真新しい銀色の指輪に口づけた。
fin.
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