奇妙な図式だった。
ルーヴェの背後にひかえたツゥエミールは、一生懸命この場を辞退したが彼女の双子の姉が半ばそれを無視して眼差しでもって命令した。
「引き立て役」
それに徹することこそが、ツゥエミールに課せられた仕事。
決して、ツゥエミールは見場が悪いワケではない。むしろ、可憐ですらあった。
輝くような姉がいなければ、それなりに名を知られた美姫になったハズである。しかしツゥエミールは、ルーヴェよりも少しずつ何かが劣っていた。
銀髪は鈍く輝く灰色で、青い瞳も深くはあるがくすんでいるし、優しい顔をしているのは輝く姉の微笑の前では地味で暗い顔になる。
賢さも声の質も何もかも、姉の方がはるかに人を惹きつけた。
強い光の後ろにできる暗い影のように……ルーヴェの自信はそのまま、ツゥエミールの劣等感になった。
( 見られたくなかった )
まともに、皇帝〔かれ〕を見ることができない。
本当はずっと。
姉を挟んで、見られることが怖かった。
ツゥエミールには、姉〔ルーヴェ〕と並べられてそれでもレイドイーグが自分を選んでくれる自信なんてなかった。
今までに、そんな男〔ひと〕は誰一人としていなかったのだから――だから、この瞬間。
皇帝の澄んだ目が、スイとそらされていくのを感じただけで消えたくなった。
(やっぱり……)
やっぱり、姉上様の方がいいに決まってる。本気にしなくて正解だったでしょ? ツェム。
と、心の中の自分が言った。
ピクン、と部屋が緊張する。
「 ? 」
ツゥエミールが皇帝の気配の変化に気づいた時、それは突然に訪れた。
「 ツゥエミール! 」
「えっ?」
レイドイーグの叫びに、ルーヴェがすごい形相になりツゥエミールは悲鳴を上げることもできなかった。
扉を叩きつける轟音とともに乱入してきた、白い仮面の男に口を押さえられ自由を奪われる。
「 ひゃ……むん! 」
この部屋に入って初めて交わしたレイドイーグの眼差しに、ツゥエミールは泣きそうになった。
「……レイ、っ…―――」
呼ぼうとした名前は、途中でかき消えた。
みぞおちを殴られたツゥエミールは、意識を失い、そのまま仮面の男に連れ去られた。
玉座の間に集まった親衛騎士の中、イフリア国教会の白騎士は嘲笑した。
「失態ですな」
と。
白い甲冑に白いマントを翻す彼は、並ぶ王宮騎士である黒騎士を暗に示して皇帝を向き直る。
そこには、澄んだ青の瞳に輝く金の髪を持つまだ若い男が、肘掛にもたれて座っている。
静かでありながら、その空気は苛立ちに今にも燃え盛りそうだった。
「それについては、あとで追求する」
端的に白騎士の言葉をさえぎって、レイドイーグは厳しく見下ろした。
「それより、犯人の目星はついているんだろうな?」
白騎士は、一呼吸沈黙すると黒騎士に場所をあけた。
「恐れながら申し上げます。皇帝陛下」
黒騎士は沈痛な様子で前に進み、苦しげに告げた。
「犯人についての情報は白い騎士らしい格好をしていた以外は、まだ……おそらく、制圧した国の者か、あるいは異教徒かと」
「 なるほど 」
抑揚のない言葉は、冷たく歪んだ。
「つまり。王宮〔ここ〕の無能さを曝〔さら〕け出したワケだな、白騎士になりすますとは考えたものだ」
その口調は、軽い中にもはかりしれない悪態をふくんだ。
レイドイーグからすれば、悔やんでも悔やみきれない王宮内の確執が生んだ失態。
白騎士と黒騎士の上下関係が、犯人に利用された節〔ふし〕が多大にある。
このイフリアにおいて、黒騎士は白騎士よりもはるかに立場が弱い。対等に話をするどころか、近づくことさえ容易ではないのだ。
( ツゥエミール…… )
肘をついた腕に額を乗せて、レイドイーグは最後に見た彼女の顔を思い出した。
(あれは、単に俺と目が合っただけだったろうか?)
恐怖におののきながら、やけに煽るような目だった。
それとも、自分の願望がそう見せているのか……彼女が、「レイドイーグ」と呼んでくれたような気がしたのだが。
直接、彼女に確かめたくて仕方ない。
泣かせてでもいい。本当のところを――聞きたい。
(とはいえ、「正攻法」では無理かもしれないな)
「……制圧した国の人間にしろ、異教徒にしろ、ひとつだけ可能性がある」
確信をもって、レイドイーグは口にする。
「犯人からは要求がくる、必ず」
その交渉の間、人質は安全なハズだ。
もちろん、彼女に何かがあれば穏便には終わらせないつもりだが……。
「 ――その時がチャンスだ 」
果たしてレイドイーグの読み通り、犯人からの要求が「文書」によって届けられた。
*** ***
そこは、カビ臭い場所だった。
どこからか流れてきた水によって、服が濡れ、髪が張りつき、頬を冷たく浸していく。
目を覚ましたツゥエミールは、猿轡〔さるぐつわ〕を噛まされて部屋の隅に転がされていた。
目隠しをされた瞳では、ここがどこかなのかさえわからない。
「 オビ エルナ 」
低いしわがれた声とともに、腕をとられて身体を起こされると目隠しを外された。
蝋燭〔ろうそく〕一つの光源では、それでも大概暗かったが、暗闇の中にいる人影くらいは見える。
蝋燭のオレンジ色をした光を背にして、その人影は間近にツゥエミールを見下ろしている。
「 イマハ ナニモ シナイ 」
暗い目をした彼は、わずかに笑って言う。
「 っ! 」
屈んでいた彼が立ち上がり、身体を翻した瞬間、ツゥエミールは息を呑んだ。
悲鳴を上げそうになって、気配に気づいた彼が彼女をふり返る。
「 コノ キズハ ワタシノ ホコリダ 」
少し寂しそうに言って、焼きただれた顔を撫でる。
その傷と潰された声で、はるかに年齢が上がったらしい相手は眼差しだけは年齢相応らしく若い。
直視できなくて、ツゥエミールは顔を背けてふるえた。
「 オマエニモ… 」
暗い眼差しでツゥエミールを見下ろして、彼は泣いていた。
to be...
しなやかに強く。1-4 に続く
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