澄んだ青の瞳と、金の髪。
イフリア帝国の皇族の色とされる、それは美しい宝石のように映った。
「欲しい!」
と、清楚なベールをかぶる前の双子の姉が呟くのをツゥエミールは聞いた。
おそらく、彼女にしかそのゾッとするような執着の言葉は届かなかった。
「――それは、どのような噂か。戦場の悪魔か政情のペテン師か?」
問う表情も何もかも、その内に盛る炎を感じさせるように冷たく熱い。
極上の微笑みを浮かべたルーヴェに、ツゥエミールは確信した。
( 姉上様が気に入った…… )
すこし、同情する。
あの皇帝も、姉に骨抜きにされるのだろうか?
そう思うと、先ほどの輝きが一瞬の煌きのように映って心の中に大切に閉じこめた。
「 ツェム! 」
ハッ、としてツゥエミールは慌てて飛び出した。
「ツゥエミール! いないのっ」
「はい、ここに」
皇帝との二度目の謁見に出ていたルーヴェが戻るのを部屋で待っていたツゥエミールは、廊下にでると侍女服を持ち上げて礼をする。
機嫌の悪いルーヴェの声は剣呑だった。
「あなたには絶対ついてきてと言っておいたハズよ、どうして客室〔ここ〕に?」
「――いえ、わたしなどお邪魔になるだけですもの。そんな無粋なことはできません」
ふるふる、と俯いて首を振る妹になおも姉は強く言った。
鮮烈な微笑みを湛えて。
「馬鹿なこと。あなたがいるから、わたくしの美しさが引き立つんじゃないの、邪魔になどするワケがないわ」
「 ……… 」
ツゥエミールは何も言わずに頭〔こうべ〕を垂れて、部屋の扉を開けた。
ルーヴェは中に入ると、忌々しげに振りかえり「次は必ず来るのよ」と釘を刺す。
相手の反応が芳しくないからか、射るようなプライドで縮こまる妹を睨んだ。
「 どうして、おまえは来なかった? 」
と。
レイドイーグまでもが、ツゥエミールに訊いた。
(この皇帝〔ひと〕にだけは言われたくない……)
例のごとく、引きずりこまれた先で抱きすくめられ、ツゥエミールの必死の抵抗に爆笑して寝台に突っ伏した彼が、笑いをおさめてチラリと座りこんだ彼女を仰ぐ。
「べつに理由なんて……」
「おまえがいないから、私は疲れた」
「……どういう理由ですか、それは」
くすくす、と笑うとレイドイーグは「いいから」といきなり、憮然とした女の腰を引き寄せた。
「ちょっと膝貸して」
「や、……」
ツゥエミールの了承をなかば無視して、レイドイーグは無理矢理膝を借りると目を閉じる。
素早すぎるその行動にツゥエミールは驚かされ、おだやかな寝顔に言葉を失った。
( なによ )
と、思う。膝に彼の金の髪が垂れて、寝息がかかる。
すがるように腰にまわされた腕も今は力が抜けていた。
「 ………もうっ 」
転がすこともできず、ツゥエミールはしばらく皇帝の無防備な寝顔を黙って眺めていた。
彼の呼吸しか聞こえない――。
どれくらいの時間が経ったのか、世界が暗転していることに気づく。
「……んん」
すぐそばで人の気配がしたことに、ようやくツゥエミールはここがどこか思い出した。
恐る恐る目を開けて。
寝台で横になって寝入ってしまった自分の隣に腰掛けた影が、微笑みかけるのを見る。
「 ……… 」
その彼の手の中にあるのは、ツゥエミールの決して鮮やかではない灰に近い銀色の髪。
静かに一房にキスを落とす。
「よく眠っていたな」
と、レイドイーグは澄んだ目を細めた。
時折、優しい色を見せるその冷ややかに澄んだ瞳にツゥエミールはなんと答えていいのか分からなかった。
喉に何かが引っかかって、声が出ない。
身を起こすと、彼女はぼんやりとしたままレイドイーグを眺めた。
「どうした?」
ふっ、と首を傾げてレイドイーグは彼女の顎を持ち上げる。
くすんだ色の青の瞳が、どこか問いかけたげに彼を見る。
「 綺麗すぎて手が出せなかった 」
からかうような熱っぽい口調で、その瞼に唇をつける。
てっきり激しい抵抗にあうだろう、と目算していたレイドイーグは、(おや?)と思い、やけに静かにキスを受けとめる彼女に気が大きくなった。
ほっそりとした身体を強引に抱き寄せる。
やはり、彼女はそれを受け入れる。
「 ――― 」
ツゥエミールを覗きこんで、息を呑む。
開いた青い目から、ほろりと涙が零れ落ちる。
愕然としたレイドイーグの束縛からすり抜けると、彼女は逃げるように部屋を飛び出していった。
「……なんだよ。泣くほどイヤなのか?」
思いのほか、打ちのめされてレイドイーグは頭をかいた。
けれど、その泣き顔さえも得がたい宝石のように思えて、彼の胸に焼きついた。
to be...
しなやかに強く。1-3 に続く
|