きの声 〜7,現〔うつつ〕の夜〜


〜帝国恋愛秘話〜
★この章には年齢制限がかかっています。
 8,閉ざされた記憶 に続く



 その夜。
 ティナは、食堂でデルハナースと一緒に夕食を食べた。
 作ったのは、ティナ。
 作り方も行儀作法も覚えている。
 それがまた、ティナを震えさせたが、最初のように恐怖だけではなかった。ティナには、もうソレが怖くはない。
 対峙するだけの、気持ちができているから。
 震えるのは、胸がドキドキするから。
 鉄面皮の死神を前にして、静かな夕食が進んでいく。
 老執事が、紅茶を注ぎにティナの席に沿い立つ。
「ご安心ください。旦那様は、口下手なのです」
 聞こえよがしに、言う。
「何か言ったか?」
「いいえ」
「ティナ」
 旧知の執事を睨〔にら〕み、凍った表情のままデルハナースは、金髪の少女を見る。
「その……美味〔おい〕しいから」
「ふふ、知ってます」
 にこにこ、と笑ってティナは頬を染めた。


*** ***


 夜も更けた頃、デルハナースの自室のドアが叩かれる。
「 ? 」
 首を傾げて寝台を立つと、扉を開ける。
「ザイー……?!」
 老執事かと思って開けた扉向こうには、薄い夜着のみをまとったティナが立っていた。
 金の髪に、琥珀色の瞳が恥ずかしげに俯〔うつむ〕いている。
「……ティナ?」
 少女はデルハナースへと抱きつくと、すい、と唇を寄せる。
 初めて触れるはずなのに、まるで自然のことのように違和感がない。
「お願い」
 か細い声で、告げる。

「抱いて」

 ティナの頬は、朱色に染まって泣きそうに琥珀の瞳が潤んでいた。
 裸の肩に触れそうになって、デルハナースは困惑する。
 彼女の気持ちにではなく、自分の衝動にである。
「私は、衝動で抱きたくない」
 無表情のまま、拒絶する彼にティナは目を瞬いた。
(胸が、ドキドキするの)
 知らないうちに、極上の笑顔が浮かぶ。
「いいの」
 デルハナースの手を取り、胸に抱く。
「衝動がイヤなら、嘘でも言って。「愛してる」って」
 手の平に、少女のやわらかな胸の感触を感じて、そして固くなっていく蕾が分かる。
「嘘?」
 デルハナースの表情が、険しくなる。
「アッ……」
「嘘でなんか、言えるものか」
 乱暴にティナの胸をまさぐると、彼女を寝台まで連れていき押し倒す。
 ティナの金の髪が波立ってシーツの上に広がり、薄い夜着は簡単にデルハナースの手の侵入を許した。
 しかし、彼の手はまだ夜着の上からしか触れない。代わりに、自らの上着を脱ぐ。
 長身の彼の裸体は、衣服の上から見るよりもはるかに筋肉質で、しなやかだった。
 寝台に押しつけられたティナは、真上に乗る黒髪の青年に目を奪われる。
 冷たい青灰色の瞳。
 それが、燃え上がるさまを……。
「じゃあ、言わないで」

 こんなに自分は意地悪だったろうか?

 デルハナースが唇にキスを落とした。
 ひとつ、またひとつと触れて……ようやく深く舌を絡ませた時、ティナの身体は火照って息もまともにできなくなっていた。
「ふぁっ……ん、は……やぁっ!」
 まだ夜着の上からだというのに、胸の頂を摘まれると頭が熱くなって何も考えられなくなる。
 唇から耳に移動したデルハナースの口から熱い吐息が聞こえる。
「嫌?」
 彼の手が止まり、身を離す。
「ティナ?」
 彼の目が、どうするの? と訊いていた。
 デルハナースにしがみつくと、呟く。
「意地悪」
 ふっと、笑う気配がする。
 と、同時に彼の吐息が耳にかかり、耳たぶを噛んだ。
「ふぁ…ふ」
 胸の膨らみを包んで弄〔もてあそ〕んでいた左手が動き、夜着の合わせ目をはらりと解く。
 白い裸身が空気に曝〔さら〕され、二つの乳房が天を仰〔あお〕いでいた。
 桃色の蕾はすでに固くなり、少しの刺激でも甘い官能を呼ぶ。
 最初の荒々しさはどこにいったのか、デルハナースの手は優しくそのひとつを包んだ。
 そして、もう片方を口にふくむ。
「は……あぁっ、んん!」
 吸われ歯で優しく噛まれ、指で転がされたティナは、首を振った。
 シーツを掴み、その喘ぎをなんとか抑えようと努力する。
 が。
「あ、アアッん!」
 彼女の下半身の中心に、前触れもなく触れる。
 指が静かに数度、撫でる。
 すでに愛蜜で濡れたそこに、彼の右手の指は滑るように侵入した。
「ふっ……んあ! イ……ッ」
 仰〔の〕け反り、ティナは快楽の頂点に到達する。
 息を乱して、余韻に浸る間もなく……デルハナースの指は動く。
「まっ……待って……そ、ん!」
 彼女の下腹部を吸っていた男の、青灰色の瞳が真上に来る。
「待てない」
 彼女の足を開き、裸の自分をあてがうと指を抜きさって一呼吸。

 熱が走る。

「アッ、ああ……好き!」
 深く貫かれた後、中で動きだしたデルハナースにティナはしがみついて叫んだ。
 互いの腰が求めあい、知らない種類の快感を生む。
 喘ぎとも声ともつかない言葉を紡ぐ。
「好、きなの……!」
「 愛してる 」
 静かな眼差しが、ティナを驚かせた。
(今、聞いたのは……幻聴?)
 ぼんやりと思いながら、感覚は次第に高みに昇る。
「嘘、じゃ、言えない」
 遠のく意識の中、中心を刺激され、聞こえた男の声にティナはついに二度目の頂点に達して果てた。

『――愛してる』

 嬉しくて、なんて切ない言葉だろう。
 意識を失ったティナの、閉じた瞳に涙が溢〔あふ〕れ、一筋頬を滑っていく。


*** ***


「……ん」
 目に当たる朝の日差しに、デルハナースは手をかざしてその凍った顔をわずかにしかめる。
 しかめて――。
「ティナ?」
 乱れたベッドに、少女の姿を探した。
 体を起こして、ベッド脇にあるチェストの上の紙に気づく。
 知らない筆跡は、ただ一言。
 ――ありがとう。
 デルハナースはなぜか、光が注ぐ窓から空を仰いだ。
 いつもそうであるように、イフリアの空は穏やかに風がそよいでいる。
「ティナ」
 そう呼んで、おそらく彼女はもう「ティナ」ではないだろうと……思った。
 それは、直感――。
 初めて会った時と同じように、彼の胸が騒いだ。


 8,閉ざされた記憶 に続く

BACK