その夜。 ティナは、食堂でデルハナースと一緒に夕食を食べた。 作ったのは、ティナ。 作り方も行儀作法も覚えている。 それがまた、ティナを震えさせたが、最初のように恐怖だけではなかった。ティナには、もうソレが怖くはない。 対峙するだけの、気持ちができているから。 震えるのは、胸がドキドキするから。 鉄面皮の死神を前にして、静かな夕食が進んでいく。 老執事が、紅茶を注ぎにティナの席に沿い立つ。 「ご安心ください。旦那様は、口下手なのです」 聞こえよがしに、言う。 「何か言ったか?」 「いいえ」 「ティナ」 旧知の執事を睨〔にら〕み、凍った表情のままデルハナースは、金髪の少女を見る。 「その……美味〔おい〕しいから」 「ふふ、知ってます」 にこにこ、と笑ってティナは頬を染めた。
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夜も更けた頃、デルハナースの自室のドアが叩かれる。 「 ? 」 首を傾げて寝台を立つと、扉を開ける。 「ザイー……?!」 老執事かと思って開けた扉向こうには、薄い夜着のみをまとったティナが立っていた。 金の髪に、琥珀色の瞳が恥ずかしげに俯〔うつむ〕いている。 「……ティナ?」 少女はデルハナースへと抱きつくと、すい、と唇を寄せる。 初めて触れるはずなのに、まるで自然のことのように違和感がない。 「お願い」 か細い声で、告げる。「抱いて」 ティナの頬は、朱色に染まって泣きそうに琥珀の瞳が潤んでいた。 裸の肩に触れそうになって、デルハナースは困惑する。 彼女の気持ちにではなく、自分の衝動にである。 「私は、衝動で抱きたくない」 無表情のまま、拒絶する彼にティナは目を瞬いた。 (胸が、ドキドキするの) 知らないうちに、極上の笑顔が浮かぶ。 「いいの」 デルハナースの手を取り、胸に抱く。 「衝動がイヤなら、嘘でも言って。「愛してる」って」 手の平に、少女のやわらかな胸の感触を感じて、そして固くなっていく蕾が分かる。 「嘘?」 デルハナースの表情が、険しくなる。 「アッ……」 「嘘でなんか、言えるものか」 乱暴にティナの胸をまさぐると、彼女を寝台まで連れていき押し倒す。 ティナの金の髪が波立ってシーツの上に広がり、薄い夜着は簡単にデルハナースの手の侵入を許した。 しかし、彼の手はまだ夜着の上からしか触れない。代わりに、自らの上着を脱ぐ。 長身の彼の裸体は、衣服の上から見るよりもはるかに筋肉質で、しなやかだった。 寝台に押しつけられたティナは、真上に乗る黒髪の青年に目を奪われる。 冷たい青灰色の瞳。 それが、燃え上がるさまを……。 「じゃあ、言わないで」 こんなに自分は意地悪だったろうか? デルハナースが唇にキスを落とした。 ひとつ、またひとつと触れて……ようやく深く舌を絡ませた時、ティナの身体は火照って息もまともにできなくなっていた。 「ふぁっ……ん、は……やぁっ!」 まだ夜着の上からだというのに、胸の頂を摘まれると頭が熱くなって何も考えられなくなる。 唇から耳に移動したデルハナースの口から熱い吐息が聞こえる。 「嫌?」 彼の手が止まり、身を離す。 「ティナ?」 彼の目が、どうするの? と訊いていた。 デルハナースにしがみつくと、呟く。 「意地悪」 ふっと、笑う気配がする。 と、同時に彼の吐息が耳にかかり、耳たぶを噛んだ。 「ふぁ…ふ」 胸の膨らみを包んで弄〔もてあそ〕んでいた左手が動き、夜着の合わせ目をはらりと解く。 白い裸身が空気に曝〔さら〕され、二つの乳房が天を仰〔あお〕いでいた。 桃色の蕾はすでに固くなり、少しの刺激でも甘い官能を呼ぶ。 最初の荒々しさはどこにいったのか、デルハナースの手は優しくそのひとつを包んだ。 そして、もう片方を口にふくむ。 「は……あぁっ、んん!」 吸われ歯で優しく噛まれ、指で転がされたティナは、首を振った。 シーツを掴み、その喘ぎをなんとか抑えようと努力する。 が。 「あ、アアッん!」 彼女の下半身の中心に、前触れもなく触れる。 指が静かに数度、撫でる。 すでに愛蜜で濡れたそこに、彼の右手の指は滑るように侵入した。 「ふっ……んあ! イ……ッ」 仰〔の〕け反り、ティナは快楽の頂点に到達する。 息を乱して、余韻に浸る間もなく……デルハナースの指は動く。 「まっ……待って……そ、ん!」 彼女の下腹部を吸っていた男の、青灰色の瞳が真上に来る。 「待てない」 彼女の足を開き、裸の自分をあてがうと指を抜きさって一呼吸。 熱が走る。 「アッ、ああ……好き!」 深く貫かれた後、中で動きだしたデルハナースにティナはしがみついて叫んだ。 互いの腰が求めあい、知らない種類の快感を生む。 喘ぎとも声ともつかない言葉を紡ぐ。 「好、きなの……!」 「 愛してる 」 静かな眼差しが、ティナを驚かせた。 (今、聞いたのは……幻聴?) ぼんやりと思いながら、感覚は次第に高みに昇る。 「嘘、じゃ、言えない」 遠のく意識の中、中心を刺激され、聞こえた男の声にティナはついに二度目の頂点に達して果てた。 『――愛してる』 嬉しくて、なんて切ない言葉だろう。 意識を失ったティナの、閉じた瞳に涙が溢〔あふ〕れ、一筋頬を滑っていく。
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「……ん」 目に当たる朝の日差しに、デルハナースは手をかざしてその凍った顔をわずかにしかめる。 しかめて――。 「ティナ?」 乱れたベッドに、少女の姿を探した。 体を起こして、ベッド脇にあるチェストの上の紙に気づく。 知らない筆跡は、ただ一言。 ――ありがとう。 デルハナースはなぜか、光が注ぐ窓から空を仰いだ。 いつもそうであるように、イフリアの空は穏やかに風がそよいでいる。 「ティナ」 そう呼んで、おそらく彼女はもう「ティナ」ではないだろうと……思った。 それは、直感――。 初めて会った時と同じように、彼の胸が騒いだ。
8,閉ざされた記憶 に続く |