そこには、黒い巨翼の鳥が群れをなして飛んでいる。
べリスの北の外れには、昔、国教会の小さな教会があった。 けれど、今は牧師さえもいない。 あるのは……司法院。別名、「ケルビム」とも呼ばれるその機関は、罪人の処刑を主とした「血の色濃き」機関だった。 そのために……いや、その上に立つ二人の「大審官」の強い独力性のために、国教会はそこを忌み嫌う。 大審官は、彼ら――国教会の意志を汲〔く〕まない。 冷酷なまでに、信念と法に忠実だった……たとえ、それが極悪人であろうと、可哀想な被害者であろうとも、同じように裁く。 「裁き」は銀の錫杖〔しゃくじょう〕で。 「癒し」は水晶の長剣で。 若き、当主たちは通常では決して遭〔あ〕うことのない数の悪人に遭い、語り、裁いてきた。 だから、彼らは血の色を知っている。 黒装束に染みついた数え切れないそれを、白い上着が隠してはいたが。 黒と白の装束が大審官特有の服装だった。
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馬車を降ろされたティナが、仕事服のデルハナースを仰いだ。 「すぐ、迎えに来る。そこのカフェででも何か頼んでいるといい」 「……一緒に行っては、ダメ、ですか?」 不安そうに彼女が訊くのを、デルハナースは無表情に、しかし困惑して首を振った。「 君が来るような場所じゃない 」 ハッと顔を赤らめると、ティナは縮こまって震える声で謝った。 「ごめんなさい」 彼から離れると手を振る。 「待ってます」と。 「 ? 」 その彼女の様子に、「恋愛下手」で「俗世嫌い」の大審官は首を傾げた。 もし、この場に彼の悪友か……あるいは、気の回る老年の執事が居合わせていたなら、 「デル(あるいは、旦那様)、言葉が足らないよ(あるいは、もっと優しく申し上げるべきでしたな)」 などと、口上した上で懇切丁寧に誤解をフォローしてくれただろう。 デルハナースが「いらない」というくらいまで、しつこく。 が、運が悪いことに、ここにいたのは無骨な御者が一人だけ。 あとは、通行人ばかりだった。 デルハナースも首を傾げながら、深くは追求しなかったのが、さらに悪い。 「――出来るだけ、早く迎えに来る」 (あそこに、連れていくよりはここの方が、ずっといい) そんなことを考える。 ティナは、にこりと笑うと コクン と頷いた。 「うん」 少女は、また一歩と後ろに下がり馬車が出発しやすいように間をあける。 デルハナースは座り、御者に声をかける。 「行け」 「ハッ!」 手綱が空を切る。 低い唸りが馬を駆らせた。 凍りついたようなデルハナースの横顔が、遠く離れて行くのをティナは黙って見ていた。 バカだ、と自分を叱りつける。 仕事場に、連れていけるワケがないのに――。 呆れられただろうか? そう思うと、一歩も動けないような気がした。 ブンブンと首を振ると、ティナはパン! と頬を叩く。 ――迎えに来る。 彼はきっと、嘘はつかない。 「 アノ人 」とは、違うのだから……。 脳裏をかすめていった想いに、ティナは気づかないフリをした。 カフェ『ノース ベリス』に入ると、チョコレートのような苦い液体を一杯、注文した。
5,カフェから路地に に続く |