きの声 〜2,前〜


〜帝国恋愛秘話〜
 3,現〔うつつ〕の解放 夢の束縛 に続く



「とりあえず、名前だよなあ」
 と、アルザスが呟いた。
 記憶のない少女が、首を傾げている。
「デル、何かいいのをつけてあげなよ」
「………」
「拾ってきたのはキミなんだから、責任もっていい名前考えてあげないとさあ。可哀想じゃない?」
「………」
 静かな青灰色の瞳が、何とも言えないふうに悪友を眺めていた。
 まさか、コレを本気で言っている……なんてことは、ないだろうが――いや、珍しく真剣な目が怖いと言えば怖い。
(――そんな犬猫のようなことを本気でさせる気か?)
 と。
 疑わしげに睨む。
 亜麻の瞳は、くるくると軽やかに動くと、デルハナースの反応に満足してふわり、と笑った。
 「天使」と呼ばれる笑みだ。
 が、コレの真価は処刑の際に発揮されるモノであって、通常はただの垂れ流しの色目に近い。

「ってコトだから、名前のことは気にしちゃ駄目だよ。――今日は、ゆっくり休むんだ」
 ゆっくりと少女の顎〔あご〕を持ち上げると、アルザスは早業でその頬に唇をつける。
「 ! 」
 ひゃっ、と少女は腰を引いた。
「アルザス……!」
「あはは★ じゃ、私は帰るよ。ごゆっくり〜」
 凶器のような家主の鋭い視線をひらり、とかわしてアルザスは手の平を振った。
「あ、こら――」
 バタン、と扉から出ていった同僚を追いかけようとして、デルハナースは止まった。
 怪我を負った……しかも、記憶のない客人を放ってはおけない。
 はー、と深く息をつく。
「悪い。こんなところで何だが、ゆっくり休んでくれ」
「あ。いえ……こちらこそ助かります」
 言って、二人は沈黙する。

「……じゃあ、何かあればそこの呼び鈴を」

 沈黙から口火を切ったデルハナースが、扉に向かって歩き、ゴンと何かにぶつかった。
 何のことはない……壁とご対面しただけだったが。
 鉄面皮をしかめると、ボソボソと呟く。
「――参ったな、アルザスのヤツめ、人をからかえばいいと思って……くそっ」
「………」
 わずかに覗いた無表情な家主の照れた表情に、少女は驚き、次に彼が部屋を出ていってから声を出して笑った。
 笑ってしまった。
「――わたし、笑ってる?」
 落ち着いてきたところで、寝台に寝転び唇をなぞった。
(なんだか、笑い方も忘れていたみたい……そんなワケないのに)
 目にぼんやりと天井が映る。
(…わたしは、何者なんだろう?)
 いつしか少女は丸くなり、深い眠りに落ちていった。


*** ***


「……ッアッ」
 太股から上へなぞって上がる指に、声を押さえられず赤くなる。
「我慢するなよ、聴かせて」
 薄暗い闇の中で、男の瞳が可笑〔おか〕しそうにわたしをのぞきこむ。
 その色が何色かは分からない。
 分かるのは、それがよく知っている男の顔だということ……。
 そう――とても、好きな顔だった。
 わたしはわずかに恥じらったのかもしれない。
 彼の片手が、わたしの動きを規制すると、もう片方の手で股の付け根に触れた。
 静かに……時に乱暴に。
 声が溢〔あふ〕れでた。
 規制を解いた彼の手が、素肌の胸をとらえていた。
「! あん……ッはっ」
 潤〔うる〕んだ瞳で彼を見る。
「もっと、……鳴いて」
 彼は言った。
「 *** 」
 抗いがたい身体の感覚に、判然と音は聞こえない……わたしの、それは名前?
 ねぇ? 教えて。
 もっと、はっきり――…。

「 ! 」

 目が覚めて、朝の光を感じた少女は、あまりに生々しい夢にしばらく動けなかった。
 まだ、身体が余韻を感じるように熱い……。
 ぞくり、と背中が寒くなる。
(男に抱かれる夢を見るなんて……)
 これは、きっと失くした記憶の残像――。
 なぜか、それが彼女を戦〔おのの〕かせた。


 3,現〔うつつ〕の解放 夢の束縛 に続く

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