きの声 〜序, 憶〜


〜帝国恋愛秘話〜
 1, 死神と天使 に続く



 キーーーーーーン。


 ――あったのは、断片的な「記憶」とひどい頭痛。
 疼〔うず〕くように苛〔さいな〕んだかとか思うと、異物をねじ込むように刺激する。

「………はっ」
 フラフラと何とか歩いてはいたが、周りの喧噪〔けんそう〕がなんなのか分からない。自分がどこにいるのか……どこに向かっているのかさえ見当がつかなかった。
 喉がカラカラに乾いていた。
「キャーッ!」
 劈〔つんざ〕くような女の悲鳴に、ビクリと身体が反応する。
 どうやら車道に出ていたらしい。
 顔をあげると、そこには二頭牽〔び〕きの馬車が立ちはだかっていた。
(わたしは、……死ぬの? ――)
 うすぼんやりとした意識の中で、耳を突くような馬の嘶〔いなな〕きを聞き、光が差すようにそんな考えが浮かんだ。


「大丈夫か?」
 どうにか衝突は免〔まぬが〕れたものの、馬と馬車の側面に弾〔はじ〕かれた少女は通りの煉瓦〔れんが〕敷きの地面に投げ出された。
 馬車の主であるらしい若い男は駆けつけると、静かにその細い少女の頬に手を添えた。
「……ん」
 ふらり、と道に飛び出してきた少女は喉を鳴らすと、琥珀〔こはく〕色の瞳をうっすらと開ける。
 男は青灰〔せいばい〕色の瞳をかすかに細めた。
「君、名前は? 分かるか?」
 しかし、焦点は合っていない。

「 ! 」

 その瞳から、一筋の涙がこぼれる。
 ――ドウシテ。
 声もなく、彼女の唇だけが動いた。
 次に瞬〔またた〕き。
「おい、しっかりしろ……大丈夫だから」
「……わからない、なにも」
 ようやくそれだけを声にすると、少女はぐったりとして完全に意識を失った。


 1, 死神と天使 に続く

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