キーーーーーーン。
――あったのは、断片的な「記憶」とひどい頭痛。 疼〔うず〕くように苛〔さいな〕んだかとか思うと、異物をねじ込むように刺激する。
「………はっ」 フラフラと何とか歩いてはいたが、周りの喧噪〔けんそう〕がなんなのか分からない。自分がどこにいるのか……どこに向かっているのかさえ見当がつかなかった。 喉がカラカラに乾いていた。 「キャーッ!」 劈〔つんざ〕くような女の悲鳴に、ビクリと身体が反応する。 どうやら車道に出ていたらしい。 顔をあげると、そこには二頭牽〔び〕きの馬車が立ちはだかっていた。 (わたしは、……死ぬの? ――) うすぼんやりとした意識の中で、耳を突くような馬の嘶〔いなな〕きを聞き、光が差すようにそんな考えが浮かんだ。 「大丈夫か?」 どうにか衝突は免〔まぬが〕れたものの、馬と馬車の側面に弾〔はじ〕かれた少女は通りの煉瓦〔れんが〕敷きの地面に投げ出された。 馬車の主であるらしい若い男は駆けつけると、静かにその細い少女の頬に手を添えた。 「……ん」 ふらり、と道に飛び出してきた少女は喉を鳴らすと、琥珀〔こはく〕色の瞳をうっすらと開ける。 男は青灰〔せいばい〕色の瞳をかすかに細めた。 「君、名前は? 分かるか?」 しかし、焦点は合っていない。
「 ! 」 その瞳から、一筋の涙がこぼれる。 ――ドウシテ。 声もなく、彼女の唇だけが動いた。 次に瞬〔またた〕き。 「おい、しっかりしろ……大丈夫だから」 「……わからない、なにも」 ようやくそれだけを声にすると、少女はぐったりとして完全に意識を失った。
1, 死神と天使 に続く
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