なやかに強く 〜2-lines〜


〜ルーヴェ側視点「眠れぬ夜がおありなら、ご主人様がお休みになられるまで、こうして手を繋いでおります……」〜
■拍手ページから落ちてきました■
こちらの 「しなやかに強く 〜2-lines〜 」 は、
「HPでセリフなお題」を使用した「帝国恋愛秘話」の
拍手用オマケ番外SS/加筆修正版です。
本編では悪役の姉妃サイドのお話……正妃と護衛騎士の関係!
私の趣味が出ていますねえ。



 それが、どれほどの苦痛なのか、ラウィードにはわからない。



「順調のようですね。――では、また明日うかがいます。正妃殿下」
「………」
 ガリアゲイド医学卿は聴診器を外して診察道具を片付けると、席を立った。
 ルーヴェは答えず、ただ高慢にそれを見送ると、ふんと鼻を鳴らした。
 お腹の中に、レイドイーグ皇帝の子どもがいると判ったのは、つい先日のことだった。が、そのことをルーヴェは行為をした直後から感じていた。
 もちろん、確かなモノではなかったが――彼女には、わかっていた。
「愛されることのない子ども、だけれど……あの妹〔こ〕を苦しめるにはちょうどいいかしら」
 ルーヴェは、まるで自らに言い聞かせるように呟いた。
 皇帝は、彼女の懐妊を知っても顔を見せもしなかった。
 来るのは、皇帝に命を受けた医学卿……それに、複雑そうな大臣卿の面々、愛想笑いをするのもいい加減面倒だったが、悟られるのは本意ではない。
 気だるくて、座っているのも億劫だった。妊娠〔コレ〕がこんなにも、身体と精神を苛ませるモノだとは思わなかった。
 妹――ツゥエミールの傷ついた顔を思い浮かべると、多少和らぐ。
 くすくすと笑って、ルーヴェは傍に仕える護衛騎士のラウィードをふり返った。
「ねえ、あなたはどう思って?」

「そのように子どものことを考えてはなりません……お子の……いえ、貴女の体に障ります。正妃殿下」

 膝をついた彼は、静かに諭して彼女を見た。
 ルーヴェは深い青の瞳をスッとすがめて、「おまえには、わからないのよ」と唇を歪めた。

 そう、皇帝が喜びもしない子どもを身ごもることが正妃にとってどんなことか。
 愛することもできない子どもを、生まなくてはならない女の気持ちがどんなものか。
 押し寄せる不快感に もなく立ち向かうには、 憎しみ を育てるしかない。

 指に触れた何かに、ルーヴェは伏せていた瞼を開いて、そこに黒騎士の手を見つけた。
「ご無礼をお許しください、正妃殿下」
「 ! 」
 いとも簡単に抱きかかえられて、思わずその首に腕を廻した。
「ラウィード!」
 黒騎士のとった行動に、ルーヴェは非難の声を上げた。しかし、従順な彼は、この時だけは頑なに主人の動きを制して、寝室の扉を開けて寝台へと運んだ。
「 貴女の体は、いま貴女お一人の体ではない。正妃殿下 」
 睨み上げるルーヴェを真摯に見つめて、ラウィードは頭を下げた。
「お加減が悪いのであれば、休んでください……たとえ、貴女が認めなくても――無理をさせないように努めるのが我らの仕事です」
「……ッ」
 そんなことはない、と虚勢を張りたかった。
 が、思うように身体は動かず、ルーヴェは唇を噛んだ。
 躊躇いがちに離れようとする黒騎士の手を止め、睨み据えた。
「わたしが無理をしないように努めるのが、あなたの仕事なのね? ラウィード」
 それなら、とっておきの嫌がらせを強いてやろう……と思った。

「 わたしが眠るまで、こうしていて。はなしてはダメよ 」

 案の定、堅物の彼は動揺し、けれど異は唱えなかった。


*** ***


 スゥ、と寝入ったルーヴェにラウィードはホッと息を吐いて、その手を放そうとした。が、キュッと彼女の指が強く反応して、阻む。
 一瞬、まだ起きているのかとギョッとしたが、その無防備な寝顔に思い直す。
 クセのないまっすぐな銀髪に、精巧な顔〔パーツ〕。起きている時の凛とした雰囲気とはまったく違う、あどけない表情はいつもより彼女を幼く見せた。
 サラ、と彼女が寝返りをうつと流れる長い髪。
 時々、わずかに瞼がふるえて、泣くのを我慢するように下唇を噛む。
(寝ている時にまで、虚勢を張るのか……)
 と、ラウィードは半ば呆れた。
 ルーヴェは、他人に弱味を見せることを極端に嫌う。「悪阻〔つわり〕がつらい」なんて弱音を吐くのは、彼女には考えられないことだろう。
 夜だって、きっとよく眠れていないのだ。
「もっと、上手く生きてください。正妃殿下」
 生き急ぐ彼女が、心配だった。一人くらい……この高慢で媚びることをしない 不器用な お姫さまを大切にしてもいいんじゃないかと、思う。
「……ん」
 丸く背を曲げて、ルーヴェは猫のように小さくなって眠る。
「眠れぬ夜がおありなら、――」
 ラウィードは彼女の耳に唇を寄せて、囁いた。
「ご主人様〔貴女〕がお休みになられるまで、こうして手を繋いでおります……」



 スッ、とルーヴェの目に涙が走って、強く彼の手を握った。


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