さき花 〜5, ばれた処女〔おとめ〕〜


〜帝国恋愛秘話〜
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 6, 愛する人 に続く



 アルザスは言葉の通り、ダフネリアの体に手を出すものの最後まではせずに毎日のようにいたぶった。
「あ、ああっ! 兄さま!!」
 棚に並べられた背表紙に頬をつけて、ダフネリアは高い声を上げた。
 緩められたブラウスの前からは、裸の二つのふくらみがこぼれている。固く色をつけた実は、ツンと上を向いて誰かの手に摘まれるのを待っていた。
 スカートを彼女の腰のあたりに捲りあげ、下着だけを足首まで下ろさせた格好でアルザスは指を激しく出し入れさせた。
 背中から、囁く。
「気持ちいい? ダフネリア」
「あっ、あっ……」
「言ってくれなきゃ、あげないよ。なにも――」
 目を瞑って、ダフネリアは涙をこらえた。それでも、滲んでくるけれど……今だったら誤魔化せる。すべてを、狂った体の熱のせいにできる。

「 兄さまが、欲しい 」

 その昼下がりは、彼の舌で絶頂まで煽られた。


*** ***


 しとしととした雨が降る日の夕暮れだった。
 キンコーン、と屋敷に訪問があったことを知らせる鐘が響いて、それから侍女がダフネリアを呼びにやってくるまでは、そんなに長い時間ではなかった。
(誰なんだろう? わたしに用って……)
 詳しくは侍女も聞き及んでいないのか、曖昧な内容しか伝えなかった。今しがた訪問した客が、ダフネリアを指名したのは確かなようだが――。
 アルテア家に長く仕えている執事が不安そうな彼女を察して優雅に微笑み、無言のまま頷く。
「 旦那様 」
 ほとほとと扉を叩いて、告げた執事の言葉に中の男が答える。
「失礼します」
 扉を叩いて、許しを受けるとダフネリアは部屋の中に入った。そして、礼をして頭を上げる。
 そこにあった面々に、息を呑む。
 この司法の癒しを司るアルテア家において、これほどに珍しい客はそうなかった。
 ダフネリアの父であるアルテア家の長ステイン・ジン・アルテアも、いつもの熱血漢なところは影をひそめて、神妙な面持ちで娘を迎えた。
「ダフネリア、国教会の大司教さまだよ」
 そう紹介された数名の高位の神官服をまとった老練そうな男性は、にこやかに戸惑うダフネリアを見た。

「なるほど、話の通りのお方ですね」
「穢れのない魂、優しく強い心、そして清らかなる処女〔おとめ〕」
「月夜に咲く青い花……予言とも合致する美しい色」

 「素晴らしい……」と彼らは、口々に言って、ダフネリアを不安に陥〔おとしい〕れた。
 手を握られると、ゾクリと背中を寒いものが駆けていく。
「アルテア卿、貴方の娘は姫神子として選ばれた。国教会に尽くしていただきたい」
「なんだって?」
 父親に向けられた大司教たちの言葉に、ダフネリアは悲鳴を喉の奥で張りつかせた。
 ステインは、最高審官という立場上「血の色濃き者」として国教会の潔癖な彼らから 毛嫌い はされても 好かれた ことがなかったので、あまり国教会という組織にいい印象を持っていない。
 互いが敬遠し合うのなら関わらないだけですむ話だが――。
「神は血の色濃き血脈を嫌うものではなかったか? その娘は大審官の娘ですよ。貴方たちが最も嫌う……血の色濃き血脈に連なる者……それに、娘には 婚約者 がいます」
 父の言葉に、ダフネリアもこくこくと頷いた。
(そうだ、わたしにはアルザス兄さまがいる……姫神子になんて選ばれるハズがない)
 なのに、にこやかな大司教の言葉は冷徹だった。
「結婚していなければ、問題はないでしょう」
「血の色濃き血脈も、問題ではない」
「我らには分かる。この娘の清廉で潔白とした清らかなオーラ……この色は、現姫神子殿に近い」
 「素晴らしい」と彼らはもう一度繰り返した。
「婚約は破棄されるのが、よろしいでしょう」

「 いい加減にして! 」

 パン、と握られていた手を打ち払うと、ダフネリアが叫んだ。
「勝手なことを言わないで。わたしは、姫神子なんかじゃない……もうすぐ結婚するんだから!」
 そんな激昂するダフネリアを国教会の神官は憐れむように見た。
「諦めなさい、叶わぬ夢です」
「我らには幸運だった。貴女が 処女〔おとめ〕 のままだったのは―― 奇跡 です」
 くっ、と唇を噛んで、ダフネリアは身を翻して部屋から飛び出し、逃げようと試みた。しかし、玄関先に控えていた国教会の騎士である白騎士に阻まれた。
「やめて、行かせて! おねがいっ」
 痛切な彼女の願いは、白騎士に通じない。
「行かせるな」
 という、大司教の命令……ひいては、教皇の意思に忠実なのだ。
「大司教殿、これ以上私の娘に圧力をかければ……お分かりでしょうね」
 大司教の背後に立ち、ステインが低く言った。
「ば、馬鹿な真似を――アルテア卿。正気か?」
「なるほど、貴方がたは神に忠実だ。しかし、私が忠実なのは法においてであり……嫌がる娘を無理矢理に連れて行こうとするなど見過ごすワケにはいきません。少なくとも、正規の手続きを踏むのが礼儀ではありませんか?」
「……神に見放されますぞ。アルテア卿」
「ご自由に。とっくに我らは見放されている……そうでしょう?」
 体格の差では、圧倒的に不利な大司教は諦め、白騎士にダフネリアを放すように命じた。
 自由になったダフネリアは一瞬何が起こったか理解できず、父親をすがるように見つめた。
「お父さま……」
「何をしている、ダフネリア。あまり時間はない……行くべき場所があるなら、早く行きなさい」

「ありがとうございます」
 頭を下げて、ダフネリアは雨の中へと駆け出した。



 そんな娘の背中を見つめ、ステインは絶望的に息をつく。
「それでも、間に合わないかもしれないが……」
 彼女のあとを、白騎士の一人が追うのを見つけて、目を閉じた。


 6, 愛する人 に続く

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