ショーの舞台裏にある、通路。
控え室からは子ども達のけたたましい掛け声やら、あるいはぐずる声が洩れ出てくる。
水野陽平は、困惑してことの成り行きを見守るしかなかった。
「 ダメだ 」
一縷の隙も与えずに、彼は言い放ってスタスタと控え室に入ってしまう。プロではないとは言え、仕事上やむを得ずにショーに出ることの多い氏のことなので、勝手知ったる庭といったトコロだろう。
逆に、ショーの舞台裏なんてハジメテな彼女は、彼が扉を閉めてしまうとふるふると行き場のない怒りにふるえた。
「なによー」
低く唸ると、横でヘラヘラとしている(ように見えた)陽平へギンと迫る。
「水野さん! 笑ってないでなんとか言ってやってよ! こんな傍若無人なコト許していいんですか?!」
「ぼ、傍若無人……ですか」
なんとも、いつものうすぼんやりとした彼のイメージからはかけ離れた言葉だなあ……などとどうでもいいことに感心する。
確かに、今回のことはアイツ、竜崎菫のある意味わがままに近いが――。
(まあ、理由が分からなくもないので仕方ないかな?)
烈火のごとく怒って、息巻く菫の一の人・朱美姫に曖昧に首をかしげた。
(アイツの説得をするよりは、こっちの方が聞き分けがいいだろうし……)
「もう! 由貴が人見知りするから水野さんが「 わたし 」にって出演依頼したのに、どーしてソレをあの人が 勝手 に却下しちゃうんですか? プレゼンの責任者は水野さんでしょうっ!」
「そーなんですけどねえ。まあ、彼が出るならそれでも僕は――」
「そりゃあ、そうかもしれないですけど! わたし、やりたかったのに!! ずるいっ」
握り拳を作って力説する彼女は、本当に出たかったのだろう……ひどく悔しがった。
ここまで悔しがってくれると陽平としても、悪くない気分になる。
「じゃあ、朱美さん……今度――」
「 水野 」
ヒヤリ、とした声に陽平は肩をすくめてふり返る。
(うーん、命がけだなあ。勧誘も……)
しっかりと準備万端の菫は彼の次男・由貴を抱えたじつに絵になる格好で控え室の扉にもたれ、二人を眺めていた。
うかがう眼差しは、紫がかっていてどこか謎めいている。
抑揚のない調子で、菫はさらに促〔うなが〕した。
「そろそろ時間じゃないのか?」
「あー、そうそう。そーなんだ……朱美さん、袖で見ててやってください、でわ!」
片手をシュタ、と上げて陽平は駆け足でその場を脱した。
実際、時間は押し迫っていることだし、残念だが今回も諦めるしかなさそうだった。
命も惜しいし。
「はーい」
渋々という感じに陽平へ答えた朱美が、菫に呟くのを背中に聞く。
「菫さんは、どーせ若奥様に注目されたいのよね……女好きだもん」
「なに、ソレ? やきもち? だったら、そういう誤解でもいいけどね」
「やきもちじゃないってば!」
はっ、と喉を鳴らして陽平は低く笑ってしまった。
( おまえの方がやきもち焼きのくせに―― )
ショーの前のひとときでこんなにもリラックスしたのは、初めてだ。口元を引き締めて、一回額に拳を当て気合いをつける。
今日のショーは成功しそうな――そんな予感が、した。
おわり。
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