うでもい話 9


〜Sumire and Akemi〜
■読むまえに、ご注意ください■
こちらの 「どうでもいい話」 は、
「龍の血族〜Sumire and Akemi〜」のおまけ短編小説です。
時間列としては、「神様、お手をどうぞ」のその後。
の、さらにその後の話になります。
単品としても読めなくはありませんが、
消化不良予防の為
事前に、「神様、お手をどうぞ」……と、 「どうでもいい話」5
読むことを オススメ します。
 エッチ度=★☆☆☆☆



「ただいま! マイ、スイートホーム!」
 バタン、とマンションの玄関扉を開け放った彼女は、ハジメテ入るその場所にそう言い放った。

 結婚式も挙げ、入籍も済ませている彼らだが学生結婚というコトもあり、また彼女が妊娠中ということもあったので出産が無事に終わるまでは親元で別居という形をとっていた。
 若き夫である竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕は一足先に新居であるこのマンションで生活をしていたが、若き妻である朱美が足を踏み入れるのは産院である杉本マタニティクリニックを退院したこの日が初めてというワケだ。
「気に入った?」
 彼女の後ろで玄関扉に立った菫は、生まれたばかりの我が子を抱いて首をかしげる。
 ふり返った朱美はコクコクと頷いて、親元ではない自分の家というものに感動していた。
 入ってすぐの左手に洗面と風呂場、そして廊下の突き当たりにリビングとキッチン、リビングの奥に寝室がある。1LDK……学生の彼らが入るには、十分の広さだが菫は満足していなかった。
 とは言え、学生の身分ではこれでも贅沢すぎる持ち物だ。事実、この部屋自体、菫の親と朱美の親が大半を出資して借りたものだし、本当の意味で自分たちの家と呼べるものではない。
「君が喜んでくれるなら、僕も嬉しい」
「だって、だって! ここで一緒に住めるんだよっ菫さん。なんかスゴイ! 何からする?!」
 少し前まで妊婦だったとは思えない身のこなしで靴を脱ぎ、バタバタと廊下を走って行った朱美はリビングの扉を開けて、「キャー」と悲鳴をあげた。
 扉を閉め、聞いたその声に驚いて……しかし、何があったとは思わずに菫は彼女のあとを追った。

「朱美?」

 ベッドに倒れこんだ朱美に菫は心配そうに声をかけた。肩をふるわせる彼女は、くふくふと笑うとうっとりとした表情で菫を見上げる。
 妊娠中に伸びた黒髪は肩の半ばまで達して細身な彼女の身体を隠していた。輝く黒曜の瞳はキラキラとしていて、菫をまっすぐに映す。

「ダブルベッド」

 ごろん、と両手を広げて転がった彼女は、吐息とともに呟く。本来は小振りな胸が、授乳のために大きく二つの丘をつくっている。
 その横に腰を下ろして、菫は朱美の頬を撫でた。
「おかえり、奥さん」
 ふっ、と色素の薄い瞳を閃かせて微笑んだ。



 腕に抱いた赤ん坊は「ぶーぶー」とおしゃぶりを噛んで、小さな手をわきわきする。
「ミルクあげたら、寝るかな?」
「たぶん」
 菫が訊くと、くすくすと母の顔で笑って朱美は身体を起こした。
「蒼馬、こっちへおいで」
「あーあー」
 母が手を広げると、蒼馬は嬉しそうに手を伸ばした。


   *** ***


 朱美が蒼馬にミルクをあげている間に、菫は持って帰ってきた荷物を運んだ。
 一通りの整理が終わった頃、朱美が寝室から出てきた。
「眠った?」
「うん。蒼馬は大人しくって、助かる……って看護士さんが言ってたんだけどね。ホントだわ」
 朱美は入院中、ほかのお母さんとも話をしたり、ぐずる子どもの姿も目にしているので実感だった。
 飲んだら寝る――なんて素直な性格だろう!
 しかして、朱美は それ が昔々の自分の姿だったとは知らない。
「そう?」
 対する菫はよく分からない表情〔かお〕をして、ソファに座った。
「なによ、不満?」
「まあね」
 菫からすれば、自分のものではないこの部屋も、彼女を独り占めできない環境も……欲を言えばキリがない。
 怒ったような傷ついた朱美の顔に、くすりと笑う。
 それでも、今はこれで十分だと思う。
「しばらくは三人で暮らすんだし 我慢 するよ」
「我慢ってなによ!」
 むぅっ、唇を尖らせた朱美に目を細め、彼女の首筋に指を差し入れる。

「四人目の家族は、俺たちの 本当の 家でつくろう」
 目を瞠る彼女を引き寄せて、菫は優しくキスをした。


おわり。

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