仲良く、三つ並んだ病室のベッドに竜崎家宗家の三役トリオが上体を立てた格好で座っていた。
病室の表の扉には、かかりつけの医者である真名狩病院長直々の指示によって『面会謝絶』の札が掲〔かか〕げられ、その病状はというと深刻な「精神疲労」による「心身困憊」から「意識障害」を併発、さらには「意識不明」の「重体」とまで説明されていた。が……じつのところ、三人の意識自体ははっきりしていて健康状態も良好、ピンピンしている。
にも、かかわらず病院長が家族関係者にも彼らとの面会を固く禁じているのには理由〔ワケ〕がある。
「聞きましたか、あのお嬢さんの言葉を……私の心は 激しく 傷つきました」
「それはもう、年寄りの か弱い 心臓を止めようとする悪魔の暴言です」
「まったくまったく、私どもをあのように評するとは……あのような」
老体三人はかの結婚式でのやり取りを思い返して、ぐぐっと心臓を押さえる。
目に涙を浮かべる花嫁――は、「 けっして 」重要ではなく。
『 うすらボケ禿げちゃびん 馬鹿 ! 』
「……理解不能な単語を駆使するとは、卑怯です」
こめかみをヒクヒクと痙攣させて、呟く。
「理解できないまでも、私どもに悪意を伝えることは怠らない非情さ」
「菫をたぶらかす手管も気に入りませんよ。あの 貧相 なお身体で何を考えているのか」
そんな一人の言葉に隣のベッドに並んだ二人から「おやおや」という、異論の声があがる。
「松蔵、そのような発言は品性に欠けていますよ。慎しみなさい」
「そうですよ、それに「貧相」でも方法はいくらでもあるでしょう。よほどのテクニックがあるのかもしれません」
ホホホ、と上品に笑う彼にさらに二人は呆れた。
「貴方、ものすごいことを言いました」
「上品な顔をして、セクハラですよ。竹千代」
じっとりとした二人の眼差しに、ツンと顎を上げて竹千代は言った。
「何を言いますか、一般論ですよ。セクシュアルハラスメント〔性的嫌がらせ〕だなんて心外です」
梅吉と松蔵は肩をすくめて、また始まったと思った。
知識をひけらかしたいのか、この長い付き合いの血縁者は略語を正式名称に直したがる性癖があるのだ。
たまになら、いいのだが……頻繁にされると辟易とする。
「――それともお二人は、あのお嬢さんが ほかに 菫をたぶらかせるような 何か があるとでも?」
問いかけられて、考え、(大変失礼なことに!)二人はほどなく頭を振った。
「いえ、思いつきませんが」
「まあ、確かに」
「そうでしょう?」
たたみかけるように結論づける。
「やはり、あの程度の謝礼では安すぎたかもしれません……」
と、呟いたとき、病室内がユラリと歪んだ。
かと思うと、次の瞬間には三人の前に二人の人物が立っていた。
一人は、男。
一人は、女。
ユラユラ、と揺れる視界の中、ジジイトリオのよく知った――女性の長い髪と男性の細く伸ばされた髪が水面を漂う松藻のように流れている。
彼らは驚く老人を前に人差し指で口元を指し、「シー」というやわらかな表情をつける。
その唇には幻想的な微笑をたたえ、視線を窓の外に向けると三人にもそれを促〔うなが〕した。
三人はベッドから立って、窓際を覗きこむ。
ちょうど下の道を、男女二人の影が病院の門へと歩いていくところだった。誰かの見舞いだったのか、あるいは産婦人科に通っているのかもしれない。
女性の方が、マタニティスタイルだった。
ふと、彼女の方が三人の病室の方へと顔を上げた。
「あ」
と、思う間もなく目が合って、彼女は隣の彼の腕を引いた。
「菫さん……ついでに、朱美さん?」
「どうして、ここに?」
「考えることもないでしょう、たぶん」
見舞いに来たのだ……とぼんやりと三人が顔を見合わせていると、下で彼女がいつもの粗相さでブンブンと手を振った。
そして。
『べー』
と、舌を出し三人に向かってアッカンベーをしたものだから、三役は瞠目する。
「やはり、食えないお嬢さんだ」
「すこし気を許したらすぐ、コレなんですから」
「あのように暴れては身体に障るというモノ。気をつけていただかなくては」
ぴょんぴょんと跳〔は〕ねる朱美は、「はやく元気になってよねー」とか大声で叫んでいる。
老人三人がその足元を気にしていると、案の定すべらせた。
「 朱美さん! 」
三人が息を呑んで窓ガラスに張りつくのと、菫が彼女を抱きとめるのとはほぼ同時。
ほうっ、と息をつくとくすくすと竜崎家宗家三役は笑った。
「ごらんなさい? あの菫の顔を」
「ええ、まるで独占欲の塊〔かたまり〕」
「私どもに見せつけているとしか思えませんね」
言いながら、眼下に立つ二人を眺める。
真っ赤になる朱美を背後からしっかりと抱えて、菫は彼ら三役と視線を交わしたままにっこりと微笑んで、みせた。
菫と朱美の後ろ姿を見送ったあと。
「――まったく、貴方方二人の息子は困ったものですよ」
改めて病室をふり返って、三人はちいっと舌打ちした。
「またしても、逃げましたね!」
「今度こそは、小言のひとつも差し上げようと狙っておりましたのにっ」
「狂い咲きのサクラの件、査問会には かならずっ 出席していただきます!」
ズビシ。
誰もいない病室の空間に向かって、いつボケ症状がはじまっても遅くはないジジイ三人は、口々に言い放って声をそろえて宣戦布告した。
「真〔まこと〕さん、華〔はな〕さん、明確な釈明を。よろしいですね!!」
*** ***
開いたと思った病室の扉が、パタンと閉まった。
入室前にかけた「入りますよ」という真名狩の礼式は、見事なまでに打ち砕かれた。
「……皆川くん、「精神錯乱」も付け足しておきなさい」
「はい、院長」
研ぎ澄まされた看護士長が、さらさらと三人のカルテへとペンを走らせる。
「「面会謝絶」の札はどうされますか?」
それを訊くか、と黙して訴え真名狩はやいのやいのと騒がしい病室を離れてため息をつく。
お忍びの回診も必要なかった。
「そろそろ落ち着いたかと思ったんだが、もうしばらく 隔離 しておかねばならないようだ」
くすくすと笑って看護士長は、言った。
「またどんな騒ぎを起こすか分かりませんものね、あの御三方は」
「 まったく、元気な病人がいたものだ 」
白い病院の天井を仰いで、病院長は呆れかえって嘆いた。
おわり。
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