うでもい話 7


〜Sumire and Akemi〜
■読むまえに、ご注意ください■
こちらの 「どうでもいい話」 は、
「龍の血族〜Sumire and Akemi〜」のおまけ短編小説です。
時間列としては、「ファインダーの向こう側」のその後の話になります。
単品としても読めなくはありませんが、
消化不良予防の為
事前に、「ファインダーの向こう側」を読むことを オススメ します。
 エッチ度=★☆☆☆☆



 手に送りこまれた一枚の名刺、
 そこに書かれている見知らぬ客人の肩書きがどういう意味を持つのか……彼女には理解できなかった。

 指先を口づけられた竜崎朱美〔りゅうざき あけみ〕は、慣れないその格式ばった西洋的な挨拶に目を泳がせて……横で、物静かに立つ夫へと助けを求めた。
「菫さん、なによ、コレ!」
 ズビシ、とあからさまに指をさすところが、彼女らしい。
 指をさされた本人も、それが かなり 気に入ったようで白い歯をこぼした。


   *** ***


『一体、何が気に入らないの?』

 と。
 撮影現場で一文字シスターズに連れ去られたあとの灘亜希〔なだ あき〕は、率直な疑問を彼女たちに投げかけた。
 すると、彼女たちは目を泳がせて、トーゼン否定した。

「何のことかしら?」
「わたしたちは べつに 、なんにも気にしてないわよ?」
「そうよそうよ、べつに 竜崎さんと 話してるとキーッとなるってワケじゃないのよ!」
「竜崎さんと 関わらなければ 、ね?」
「まあ、そういう コト よね」

 にっこりと、それぞれにゆったりと笑って威嚇するのを見て、亜希は目をパチクリと瞬〔またた〕き……ようやく合点がいった。
 ははあ、したり笑いを浮かべて言った。
「 なんだ、そんなこと心配していたの? 」
 なんだとは何よ、とばかりに一文字シスターズのみなさんに思いっきり睨まれて、亜希は考えた。
「んー、だって ありえない から」
「どうして? なんで、そう言い切れるのかしら」
「そうよ。そりゃ今は被写体としての興味かもしれないけど」
「でも! 未来永劫、ゼッタイ! 好意を持たないって保障はないワケでっ」
「そうなると、できうる限りの策は講じるべきだと思わない?」
「つまりは、これはわたしたちの 保険 なの。悪いわね」
 キッパリ。
 と、言い切られ亜希は、くすくすと笑って首を振った。
「うん。まあ、分かるわよ? 竜崎さんはステキだし。でも、やっぱりありえないわ。だって、私は――比奈さんと同類だから」
 「は?」と、意味不明な謎賭けに首をかしげる一文字シスターズ。
 亜希はにっこりと微笑んだ。
 その視線の向こうには、二人の男性の人影が映る。
 一人は、竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕。
 そして、もう一人は、彼女と同類の……比奈東吾〔ひな とうご〕だ。

「 会沢美彦先生の「幻の一枚」の少女に魅入られた、わたしも人間なんだもの 」



 だから、ありえないと言う彼女に一文字シスターズの五人は混乱した。
「ちょっ! ちょっと待って!! よく分からないんだけど……まず、会沢美彦って誰よ?!」
 叫んだのは、一〔にのまえ〕つなみで答えたのは、流瞳子〔ながれ とうこ〕と森早奈恵〔もり さなえ〕の二人だった。
「確か、写真家よ……ちょっとマイナーだけど、ね」
「そうそう、でも結構ファンが多いの。よく話を耳にするもの」
「へえ、そうなの?」
「……いいわ。会沢美彦が誰なのかは分かったとして」
 篠響子〔しの きょうこ〕が疑わしげに眉を寄せ、菅加世〔すが かよ〕が淡々とあとを引き継いだ。
「それが、竜崎さんの件とどう関わってくるのか教えていただける?」
 亜希は息をついて、頭をかいた。
「だからね、その会沢先生の娘なのよ」
「誰が?」
「だから、竜崎さんの 奥さん よ」

「………」

 顔を見合わせ、一文字シスターズは絶叫した。
 それは、姦〔かしま〕しく口々にその事実を租借する。
「あの 奥さん が?!」
「確かに、度胸はあったけど……」
「見えなーい、 ぜったい 見えなーい!」
「そうよ、確かに度胸はあったけど舞台慣れもしてなかったし、素人だったわ」
「そうね、わたしもそう思う」
 コクコクと頷き合うと、チロリと亜希を睨む。
「それ、嘘でしょ?」
「嘘じゃないわよ! 朱美さんは、確かに会沢先生の娘さんだもの。ただ、「幻の一枚」以降はまったく発表されていないから……プライベートでしか撮られてないみたいだけど」
 だからね……と、亜希はキラキラと目を輝かせた。
「 彼女 を撮るのは、わたしたちの 憧れ なの!」

 はあ、とため息らしい息をついて、一文字シスターズはうっとりとなった灘亜希を呆然と見た。
「わたしたち、ってほかにもいるの?」
 こんな変な人が? と誰ともなく口にして、「カメラマン」という人種が 自分たち とは ちがう とおぼろげに感じた。


   *** ***


 比奈東吾の申し出に、真っ赤になった竜崎朱美は断固拒否した。
嫌、いや!  ぜーったい イヤ だからねっ」
 言うと、ぶるんと首を振ってソッポを向く。
 何しろ、彼の申し出は……ただの写真のモデルではない。ありのままの姿を撮る、いわゆるヌードも厭わないという話だった。
「な、なんで脱がなきゃいけないの! わたしはただの一般人なんだってばっ」
「モデルも、ただの一般人ですよ? 私の中ではねえ」
「とにかく! イヤですっ。諦めてお帰りください!」
 ピッ、と指を玄関に向けて強く宣告する。
「……ひとつ、確認したいんですが。いいですか?」
 真摯な東吾の眼差しに、朱美は頬を真っ赤にしたまま「どうぞ」と答えた。

「脱ぐのを嫌がるのは、その キス・マーク のせいですか?」

「 ! 」
 じつはかなりの図星を指された朱美はカッと頭に血が上って、目を潤ませた。
「だったら悪いんですか?! 当然でしょ!」
 立ち上がり、出ていく彼女の後ろ姿に……東吾は傍観を決めこんでいた竜崎菫に静かに問うた。
「アレは、あなたの嫌がらせ?」
「さあ? どうでしょうね……ただの嫉妬かもしれませんけど」
「嫉妬?」
「僕の知らない彼女を、あなたが知っていた……ちょっと悔しいでしょう?」
 だから、印を付けた。彼女が自分のモノだという――証拠〔しるし〕。
 紫に閃く不思議な眼差しが、音もなく睨む。
 ぽかん、となった東吾は次の瞬間、おかしくてたまらないと声を立てて笑った。
「くっくっくっ、なるほど。いい表情〔かお〕をする……そんなに独占欲が強いなら、ひとついい方法がありますよ?」
 険しい表情の菫へ、東吾はニヤリと微笑った。

「 繋がりあう二人を写真に残してはいかがですか? 」

 と。
 まったく「尋常では」受け入れられないことを、さも「当然のように」提案した。


「どうでもいい話」8。 に続く。

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