「 海ー! 」
と、竜崎朱美〔りゅうざき あけみ〕は叫ぶと、砂浜を駆ける。
細身の体にビキニとパレオ。その手には、ビーチボール。
ふり向くと、満面の笑顔で少し戸惑い気味の長男を呼んだ。
これでは、どちらが子供なんだか……立場がまったくもって 逆 である。
「蒼馬ー、なにしてるのー? 海と言えば、砂浜! 砂浜と言えば、ビーチバレーでしょー!!」
早く早く、とせがむ母に、息子・竜崎蒼馬〔りゅうざき そうま〕がしぶった。
「やだやだ、 ぜったい ヤダ! 母さん マジ になるから」
と、コレは長年(御年十歳)の経験からくる彼の悲痛な叫び。
いー、と歯をむき出して首をふる。
だがしかし、それは空しい抵抗であることも彼の苦い経験上、確定事項だった。
ずるずる、と引きずられていく蒼馬を、サングラスの向こう側の紫がかった目を細めて見送った竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕は、海パンに空色のパーカーシャツというじつにオーソドックスないでたちだった。パラソルと歩きはじめた頃の幼い次男・竜崎由貴〔りゅうざき ゆき〕を連れて、砂浜に足をつける。
「きあー」
と、奇声をあげながらおぼつかない足を上げ下げする由貴を抱き上げて、目ぼしい空間を探した。
サンダルを履いていなければ、焼けつくような熱さにジッとはしていられない。それほどの、今日はピーカン晴れで国内の海だというのに、空は異国のように青く高い。
混雑する砂浜の外れた岩場の近くにパラソルを立て、ビニールシートを敷くと傍らで由貴を遊ばせて、元気に白熱した戦いを繰り広げる母と子を見つめる。
「サーブ、いきます! 覚悟、蒼馬!!」
「だ、だから。母さん……」
膝をつきながらも、ビーチボールが来ると反応してしまう 悲しい性〔さが〕 の少年に熾烈な応酬は続いていく。
華麗に飛んで、打つべし打つべし。
そのビーチボールとは思えない鋭い球を必死に拾う足さばきや、素人の小学生ではない云々。
(楽しそうだなあ……)
心中でかなり羨ましく 真剣に 眺めていた菫は、ふと差した影に気づかなかった……。
*** ***
あのー、と菫に声をかけたのは大学生くらいの若い女性の二人組だった。手にはカメラを持っていて、「いいですかー?」と訊いてくる。
「シャッターですか? いいですよ」
と、菫が快く請け負うと、少し困ったように彼女たちは顔を見合わせた。
「違うんです。撮ってもいいですか?」
菫を示して、頬を染めるものだから「はあ…… 私 ですか?」と首を傾げる。
「はい! すっごくステキですからっ」
「ダメですかっ?」
勢いに乗る彼女たちに、菫はどこかで見たようなノリだなあとぼんやりと思い、(ああ、彼女たちだ)と自分の勤める服飾関連企業『苑〔えん〕』の女子社員である一文字シスターズの面々を思い浮かべた。
こういうのが、最近のノリなのかもしれない。
「べつに構いませんけど……私なんか撮って楽しいですか?」
ふわり、と笑って、菫は真剣に訊いていた。
1 ・・・> P-kan! 常夏 ココナッツ。2
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