「ん」
白んできた窓の外を眺めて、朱美は菫に口づけられながら吐息を洩らした。
冷たい空気に、吐いた息は白く溶ける。
部屋の空気は研ぎすむほどに寒いのに、二人が裸の肌を寄せる布団の中は楽園のように温かい。
どれくらいそうしていたのか、年越しをしてから彼らの子どもたちが寝入るまで時間はかからなかったから……四時間は経っているかもしれない。何度かの絶頂と浮遊感を与え合い、なのにまだ飽きなかった。
ゆるゆるとした、優しい営みだったから朱美も菫にイヤとは言わなかった。
むしろ、積極的に協力した。
「ん……んんっ、あっ!」
跨った体勢で腰を揺らし下から突き上げられると、軽く昇りつめる。
彼の体に身を預け、触れるだけのキスを何度か落とした。
一月一日。
「あけまして、おめでとうございます。菫さん」
「今年もよろしく、朱美サン」
くすくすと笑って、妻と夫は年始の挨拶を今更のように口にして、ふたたび唇を寄せ合った。
菫の手が動いて、小振りな朱美の胸をやわやわと揉みはじめる。
「あ!」
首筋にキスをされ、身を任せていた朱美が素っ頓狂な声を上げたものだから、菫が唇を離して訝しんだ。
「どうかした?」
「うん! すっごく大切なこと忘れてたわ、わたし」
至極、真剣に訴えて朱美は身を起こすと裸の肌を晒してふり返る。
(目の毒なんだけど……)
と、菫はぼんやりと思った。
「菫さん、今日って「 元旦 」なのよね!」
「うん、そう」
こくり、と頷く夫に「よしよし」と一人悦に入って、彼女はベッドから下りた。
「どこ行くの?」
名残惜しげな彼の声を背に聞いて、朱美は長袖のシャツを羽織り、年期の入った赤いはんてんを引っかける。
「 もちろん、予約しに行くの。 」
「予約?」
「そうよ、だって今日はスペシャルなんだもの。「スイハンジャー」!」
*** ***
それは、便利で人の幸せを願いながらも、自然破壊という悲しい運命をも背負わされた勇者の物語である。
奥さまの強い味方「スイハンジャー」と「レンジデチン」「ユワカシポット」の三人は、ヒミツ結社「オゾン」のボス「イッケンテキ」に、発電博士の協力を得ながら立ち向かうが……。
そこには、彼らを打ちのめす真実があって。
『自分たちの存在を問われた「スイハンジャー」たち。
自然破壊をしている張本人だと名指しされた、その真実に愕然とする。
自分たちは存在してもいいのか……それぞれの胸にあらゆる思いが交錯しながらも、今はただ夕陽を眺めていた――つづく』
コタツに足を突っ込んで、号泣する母を御節〔おせち〕を突っつきながら長男・蒼馬が呆れたように見ていた。
「母さん……なにも、泣かなくても」
「なによー、いい話じゃないさ! 蒼馬だってなんだかんだ言って毎週見てるくせに」
う、と言葉に詰まって蒼馬は黒豆を口に運んだ。
なんと、この御節はこの母のすべて手作りだったりする。
「凝り性っていうか」
コタツの上にのったミカンは、彼女のこだわりで「冷凍ミカン」だし。
「おこたでぬくぬくしつつ、冷凍ミカン。ああ、なんてスバラシイ。生きてるーってカンジ」
お雑煮も食べ終わった朱美は、ミカンをむきむきしつつ上機嫌で言い放つ。
そして。
その横には、ビデオのコントローラーが なぜか 準備万端で鎮座中だったり。
「菫さん菫さん、はやくはやくー」
「はいはい」
とやってきた菫がコタツに入ると、寄り添って朱美はビデオを起動させた。
始まる「スイハンジャー」のオープニングに、菫の肩に頭を乗せて唇を尖らせた。
「菫さんが見てない間に結構進んじゃったんだから、追いついてもらわないと」
菫は苦笑いをして、それでも悪い気はしないらしい。
「そう?」
「うんっ! だって、語り合いたいんだもん。「イッケンテキ」について」
「 「イッケンテキ」か。チェックしとくよ 」
「………」
さらに続く変な夫婦の会話から目を離して、蒼馬は去年に見た「スイハンジャー」をもう一度見ることにした。
由貴はまだ、寝ている。
昨日は年明けまで我慢して起きていたので、まだ眠たかった。
同じ場面の繰り返しに、蒼馬はうつらうつらと目を閉じて、このまま眠ってしまおうと心に決めた。
おわり。
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