Moonlight Piano #22-lines


〜美月綾視点「風呂で寝てンじゃねぇっつーの。起きろ、コラ」〜
■拍手ページから落ちてきました■
こちらの 「#22-lines」 は、
「HPでセリフなお題」を使用した「Moonlight Piano」の
拍手用オマケ番外/加筆修正版です。
時間列としては、「#22」のあの夜。
美月綾と鈴柄愛の間にあった、ヒミツのお話。



 あーもう! あーもう! あーもう!

 美月綾は唸りながら、へべれけに酔っ払っている鈴柄愛をひきずって彼女の住むアパートについた。
 二階建てのこじんまりとした……ハッキリ言ってしまえば、普段の彼女からすれば意外なほどボロいそれに、綾は目を疑ったほどだが彼女の方は酔っ払っているせいか、気にしたふうでもなく「ココの二階なのー」と指をさす。
 カンカンカン、という薄い金属の階段の音を響かせて、上に上がれば築二十年は経っているだろう年期のはいった薄汚れた壁と、やけに新しい扉が目に映った。
(さすがに、扉だけは最近取り替えた……ということか)
 綾はそんなことを考えて、もたれかかってくる気持ちよさそうな愛にため息をついた。



〜 セレナーデ 〜


 刺すような寒さに、息が白くなる。

「先輩、カギ」
「……んー、カバンのなか。あやちん、さがしてちょ」
「 わかりました 」

 ほとんど寝ぼけている……としか思えない愛を背中にやって、彼女のカバンの中を探る。ほどなく、財布と一緒にキーケースも見つかって簡単に愛の部屋を開けることができた。
「んー」
 背中におんぶした愛が、無防備に抱きついてくるのを感じて綾は仕方ないなあと思う。
(こんなの、一人で帰してたら絶対危ないし!)
 自分が愛に恋愛感情をもっていなくて、感謝してほしいくらいだと思った。
 でなければ、お持ち帰りされて好き放題されても文句は言えない。絶対に。
 リアルにそれが想像できて、綾は無性に面白くないと口を曲げた。
 愛先輩は 嫌い だった。
 無邪気に人をからかうし、てんでデレカシーがない。
 男友達も多くて派手なくせに、自分にはやけに先輩面をする。
 しかも、綾の憧れである小夜原なつきの彼に横恋慕しているのは、綾にとっては信じられないことだった。
 早く帰ろう、と思って愛の荷物を置き、
「愛先輩、荷物はここで……」
 いいですか、とふり返る。
 と。
 こたつまで運んだはずの彼女の姿がそこにはなかった。代わりに、玄関先にある扉が薄く開いて、そこから水の音が聞こえた。

「あーもう! この女は……」

 小さなバスタブに服を着たままもたれかかった愛は、蛇口をひねったところで限界を迎えたのか、眠っていた。
「風呂で寝てンじゃねぇっつーの。起きろ、コラ」
「えー?」
 目を瞑〔つむ〕ったまま、くすくすと笑う彼女を無理矢理に引っ張り上げ、流れっぱなしだった水を止める。
「先輩、もう……」
 大人しく寝てください、と力なく呟くと、いきなり彼女に抱きつかれた。
「たか、み……くぅん……すきー」
 そのくふくふと笑う顔が、綾の知らない愛の「恋する女の子」の潤んだ表情だったから――。

 他人〔ヒト〕の男〔モノ〕の名前なんか、口にするなよ……自分のそれを重ねて、言葉を塞ぐ。



 やわらかい感触に、すぐに我に返った。
 唇を離したあと、至近距離で微笑んだ愛の顔が脳裏から離れない。って、なに考えてるんだ?!
「なによー、そんなに嫌がらなくてもいいのに……あれ? 真っ赤じゃん。どうしたの?」
 どうしたの、じゃねーよ。
「……なんでもないですっ。放っておいてください!」
 なつきと八尋の卒業演奏会、本番前に激励に来たホールの控えで綾はここ最近の自己嫌悪に声をあらげた。
 あの日の夜のことを、彼女はほとんど覚えていなかった。朝、悶々とした夜を過ごした綾に向かって「綾ちん、おはよー」と身体を伸ばして、首をかしげた。

「 なんで、ココにいるの? 」

 もちろん、覚えていない方が コッチ としてもありがたい。しかし、 限度 があるだろう?
「どう思う? この綾ちんの態度! ここ最近、ずっとこんななんだよ。可愛くなーい」
「可愛くなくて、結構です」
「んー、気になるんだよねー。ソレ。「卒業」記念のあの飲み会の時だと思うんだけど、……ダメ。ぜんぜん思い出せない」
 やっぱり、アレは気の迷いだと思った。
 みっともない醜態だ。
(僕だって、男だし……先輩が悪いんだから、言う必要もない。断じて、ない!)

「思い出さなくていいですから、ね? 是非、忘れておいてください」

 ごくごく真剣に綾は言い聞かせにっこりと微笑んだ。


fin.

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