クリスマス・イブ。
その日の仕事が終わってマンションの自宅に戻ると、なぜか遥はいなくて……西野だけが立っていた。
「西野? 遥はどうしたのよ」
確かに、標的を手に入れて仕事は完了していたハズだ。
いつもなら、先に戻っているのは遥の方なのに。
作為を感じるな、って方が難しいわ。
つっけんどんに抑揚なく……まあ、つまりは普段とあまり変わらないんだけど、言って距離を保つ。
あの終業式の一件以来、宣言通りに「進入禁止」を実行している。覆すつもりもない。
だって。
好きなだけ胸をいじられて、あの言い草はないと思うの。
わたしは怒ってるのよ!
気づいてるクセに。
「ああ、まだ のようだね」
なによ、その笑いは。
リビングの入り口で立ち止まっていると……ヤツにアッという間に距離を詰められた。
「 ! 」
さささ、と横に逃れて背後に回り、あとずさる。
敵に背中を向けたらダメなのよ!
「なんの真似よ……1m以内進入禁止だって言わなかった?」
「うん、聞いてるけど――伶?」
あ、と思ったら伶はあとずさる足をソファに引っかけて後ろにのけぞった。
「きゃっ!」
反射的に西野の方に手を伸ばして、ハシッと手首を掴まれた。
抱き寄せられる。
うん、それはいいのよ。それは。
でもね?
「……なんで一緒に転ぶのよ」
しかも、ソファの上に。
転がった確信犯にちがいないヤツの上に乗って、わたしは呟いた。
身を起こそうとして、その腕に制される。
「 コレは事故だよ、伶 」
と。間近で聞きなれた美声が囁く。
「西野」
頭を固定されて動くことができなかった――や、ちょっとヤメてよ。
「 メリークリスマス 」
微笑まれて。
わたしは先刻〔さっき〕までヤツの唇が当たってたおでこに手をやって、上目遣いになる。
「理解不能」
なんだか、わからないけれどコレじゃ西野の思うツボじゃない?
「あはは、言うと思った」
思った通り。
嬉しそうに笑って、ぎゅっとしてくるヤツから身をよじり身体を起こす。
なによ、そんなに驚くこと?
ビックリした西野の顔に、無表情なわたしの顔が映った。
ちょっとご機嫌ナナメな目で「わたし」は彼を睨んでいたわ。
トーゼンでしょ?
だって――。
「伶?」
おでこにするくらいなら、 唇でも どこでも同じだわ。
次の日の朝、飛木家の空気は微妙だった。
「姉貴?」
「なによ、なんか文句あるの? 遥」
テーブルに用意されたわたしの手料理を見て、わたしの「 可愛い 」弟はゲンナリとした表情で椅子に座って……押し黙る。
苦情は、一切口にしなかった。
きっと、遥にも分かっているのだろう。
「 いただきます 」
姉を売ったんだから……当然の報いでしょ。
(――それにしても)
たかだか ちょっと 焼き加減が過ぎただけの朝食だもの。
報復って言っても「 可愛い 」モノよね?
べつに、機嫌がいいってワケでもないんだけど。あれれ?
「……姉貴が、変だ」
ポツリ、とわたしを見ていた遥が呟いた。
「失礼ね」
返して、訝しむ弟を睨んだ。たぶん、無表情だろうけど……自分でも気づいた。
わたしって、いま すっごく 変だわ。