告状。


〜甘品高校シリーズ0〜
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 遥か、太古の昔。
 人々は、神の力を操って、奇跡を封じこめる方法を知っていた。

 生み出されたそれは今となっては用途も分からぬまま、それでも……類稀〔たぐいまれ〕な技術力と高い芸術性、貴重な資料としての価値を認められた過去の遺産。
 ある一部の研究者によっては、「Oパーツ」と呼ばれる――それは、「秘宝」。



  >>>予告状、0-0。「プロローグ」

 南環城署から出動したと思われるパトカーが、所天町一丁目の小路を走り抜けていく。
 けたたましいサイレンの音と共に、赤いランプが夜の闇を一瞬照らしては別の方角へと流れていった。

 ズルッ

 流れる鮮やかな赤いランプが、黒い一つの影を照らした。かと思うと、次には闇に包まれている。
 まるで、恋人同士が抱き合うように重なったふたつの身体は縺〔もつ〕れて、壁に倒れた。
「――んん!」
 レンガ作りの壁に押しつけられた人影が呻〔うめ〕く。
 片腕を捕られた彼女は、髪を頭の高いところで結っていた。キリリ、と少しでも体勢を変えると、激痛が走る。
 蹴ろうにも、身体を壁に押さえつけられるのと同時に、両足をも壁に押さえつけられ動かすことはできなかった。
 唯一、自由になる彼女の手は影の胸を叩き、執拗な戒めが続くとその影を苦しそうにまさぐった。
 唇が触れ合うと、ほどなく何かが歯を割ってきた。

 はらり、と少女の結っていたゴムが外れて、髪が落ちる。
「……っや」
 身を震わせて彼女は抵抗し、影をまさぐる手の力が強くなる。

 ズルズルズル

 二人の際を走り抜けて行ったパトカーのサイレンが、次第に遠く掻き消えていく。
 ぺたん、と地面に落ちた少女はようやく束縛を解かれたというのに立つこともできなかった。ぼんやり、と月夜の闇に逆光で立つ影を仰ぐ。
 彼は、意外にも優しい眼差しをしていた。顔かたちは、まったくといって見えなかったが……瞳だけは、綺麗に闇に澄んでいる。
「ごめん」
 静かな旋律だった。
 つー、と少女の目に涙があふれて、こぼれる。
 ようやく、事態が呑みこめてきた彼女はキッと影を睨み、しかし言葉は出なかった。
「―――」
 どれくらいの時間だったのか。
 いや、決して、そう長い時間ではない。……たとえば、昨日降った雨のしずくが、葉っぱから滑り落ちて地面に溶けるまでくらいの、ほんの一瞬――。
 視線が絡んで、どちらともなく離れる。
 夜の湿った風が通り過ぎると、長い黒衣をまとった彼は均整のとれた身体をくゆらせ、しなやかな身のこなしで少女の背にしている高い壁にひらりと跳躍した。

 チリンチリン。

 暑さが和らぎ、幾分過ごしやすくなった夜の闇からやってきたのは、初老のお巡りさんだった。
 と、自転車をこいで座りこんだ少女の脇を通り過ぎかけて、――ギョッとした。
「な、何かあったんですかっ?!」
 自転車を飛び降りると、駆け寄って辺りをキョロキョロとうかがう。
「まさか、ヤツらが? いや、でもまさか……」
「ヤツら……?」
 地べたに座ったまま少女は呟き、彼の消えた背後の壁を見上げる。
 今は、風の音さえしない月闇の向こうで――もしかすると、こちらを見ているかもしれない。
 そう思うと、いつまでもこんなところに座りこんでいるのはイヤだった。

 のろのろと彼女が立ち上がると、初老のお巡りさんが訊いてきた。
「何があったんです?」
「……あの、彼らって?」
 ここであった事実を、そのままこの巡査へ伝えるのは――内容が内容なだけに躊躇〔ためら〕われた。
 なので、彼女は言葉を濁して気になったことをそのまま口にする。
 「おや?」と彼はマジマジと若い少女を眺めて、納得した。
「お嬢さんは、ここらは最近来たばかりだろう?」
「え? はい。昨日、越してきたばかりですけど……」
 言い当てられて不思議そうに首をかしげた彼女に、初老のお巡りさんは笑った。
「ああ、というと三丁目の井元さんかな? なに、簡単なことだよ。ここらでは有名な話なんだ……ヤツら「怪盗」が出るのはね」
「――はあ?」
 あまりに突拍子のない単語を耳にして、少女は泣いていることも忘れてしまった。

「怪盗って……」
 ハッ、と何かが左手にあることに気付く。
「お嬢さん?」
 不審に思ったお巡りさんが、急に静かになった彼女を見ていた。
「何があったんです? 一体、ここで――」


   *** ***


「何も」
 左手を握りしめて、井元奈菜は首を横にふった。
「何も、ありませんでした」
 と。
 ふわり、と笑ってみせた。


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