朝、目覚めて聞いた彼の言葉に彼女は唐突に思い出した。
見慣れない部屋は、天井が高くて広い。白を基調にしているけれど、壁紙はピンクの小さな花柄でボーダーに淡いグリーンの葉っぱをあしらっている。家具や小物も可愛い。
洋風のおしゃれな部屋だった。
ピンクの毛布と、白いシーツに包まれて……服は何も着ていない。
昨日の夜、初めて彼と結ばれて脱ぎ散らかした格好のまま朝を迎えたワケだが、この際、それも大したことではなかった。
今の彼女にとっては――。
〜 ひっこみじあんなクリスマス5 〜
「 メリークリスマス 」
その鳴海広之〔なるみ ひろゆき〕の言葉で、山辺志穂はガーンと自分の犯した 大失態 に気づく。
「め、メリークリスマス!」
シーツに引きこもって答えた彼女の異変に、幼馴染の察しのいい彼が気づかないワケがなく「どうした?」と訊いてくるから、志穂は慌てた。
「 なっ 、なんでもないもん!」
と、どう聞いても なんでもない ハズがない必死の声で誤魔化そうとするが、いい案はまったく出てこない。
(ど、どうしよう、どうしよう、どうしようっ)
すっかりと忘れていた事実に衝撃が大きすぎてどうすれば挽回できるのか、焦れば焦るだけ頭が真っ白になる。
(初めてのクリスマスなのに……)
志穂は、プレゼントのことを 考えて もいなかった。
元々、志穂の家族はあまり「クリスマス」という行事に特別なことを催す類の人間ではなかったし、どちらかと言うと「うちは浄土真宗だからね」とか「世相に流されないのがいいのよ」とか「あっ、ケーキは買ってきたから」とかどうでもいいことで濁してしまうような人たちだ。
知らないうちに、志穂もそんな親に感化されていたのか……と思うと、情けない。
もちろん、理由はそれだけではないだろう――性格的なものもあるし。
例えば、彼に自分は似合わないという 負い目 もある。
それに、クラスの有志で行くことになったスキーツアーの準備のこともあったし、お小遣いのお金だってこの旅行で使ってしまったからほとんど残っていなかった。
忘れていた上に、埋め合わせもできないなんて。絶対、彼女として間違ってる。
( 泣きたい )
もし、これが昨日の夜の時点なら「わたしがプレゼント」だとか(有り得ないけど!)言うことも可能だったのに。
(って、言うか……ここのホテル代だって払えないんだけど)
とか、頭でツラツラと考えて志穂は愕然となった。
「な、鳴海くん! ここの宿泊代って?!」
「ああ」
ガバッ、とようやくシーツと毛布から出てきた彼女に彼はこともなげに答えた。
「 俺が払うよ 」
ふわり、と笑った明るい部屋の中の彼は優しくて、志穂の乱れた髪を指を滑らせて整えてくれる。
「大丈夫、俺、夏にバイトしてたし……十波さんが安くしてくれたし、ね」
ちょっと違うけどクリスマスプレゼント、と見るからに動揺する彼女に可笑しそうに言った。
「べつに、おまえからの お返し なんて、俺…… 期待 してないけど?」
「ひ、ひどい……」
じわぁ、と涙を浮かべる志穂に広之は呆れて続けた。
「じゃあ、何かあるワケ?」
「ぐっ、ないけど……」
わざわざつまる音を言葉にして志穂は、黙りこんだ。
「ほらな」
さも、当然と広之が見透かして口にするから志穂は ひどく 惨めになって、俯いた。
「いいんだよ」と、彼は言う。
(ダメだよ)と、彼女は思う。押し倒されていることにも気づかずに……「じゃあ、朝のマンモスセットおごってよ」という耳に囁く現実可能な やさしい 提案に縋〔すが〕って、「うん」と涙まじりに頷いた。
*** ***
朝の9時にホテルをチェックアウトしたあと、ファーストフード店に入って朝のセットを頼んだ。
ベットの上での運動で ちょうどいい 具合にお腹はすいていて、パクリと広之はダブルビーフバーガーに食らいつくと、隣の志穂に目をやった。
(やれやれ……)
隣の家の大人しい女の子の表情は優れない。
朝から 初めてだった 彼女を酷使したせいもあるけれど、大きな 理由 はほかにある。
「ほ、ホントにコレでいいの?」
と、申し訳なさそうに広之を見上げて、志穂はオレンジジュースの入った紙コップのストローをぐるぐるとかき混ぜる。
しゃらしゃら、と中の氷が音をたてた。
「だから、そう言ってるじゃん」
広之からすれば、志穂がどうしてこんなにも気にするのか解からなかった。
(俺は――クリスマスプレゼントなんていらないし)
昨日の夜、彼女の大事なものをすでにいただいているワケだし(本人は、絶対納得しないだろうけど)、無茶もさせたし、朝の男の事情にも結局付き合ってもらった。
彼女自身は、それが お返し になっているとは微塵も考えていないから、仕方なく簡単な交換条件を提示したまでだ。
(いつまでも、ウジウジと落ち込まれても困るしな……イラつくから)
「宿泊代を安くしてもらったから、朝食ついてなかったし。ちょうどいいよ」
「で、でも……」
躊躇うように、志穂は「735円なんて、安くない?」と首を傾けるから……意地悪をしたくなる。
優しくしたいと、思う。
けれど、上手くできないのはいつだって 彼女 のせいだ――。
「不服? だったら、もうワンセット頼むけど」
彼女の食べかけのチキンバーガーを広之は奪って、パクリと食いついた。
呆然と眺めるその無防備な唇に残った白いマヨネーズを親指で拭って……ペロリ、と舐める。
「必要ないな」
「え?」
「やっぱり、志穂の方が ずっと 美味いから」
ハンバーガーを彼女の手に返して、ニヤリと笑う。
「 ごちそうさま 」
ボンッ! と一気に熟れたトマトみたいな志穂に広之は満足して、「早く、食っちゃえよ」と促した。
>>>おわり。
ひっこみじあんなクリスマス4 <・・・ 5(完)
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