朝の早いうちに、波の音と潮の香りのする小さな駅から電車に乗ると次第に海の気配は遠ざかっていった。
あまり人の乗っていない鈍行の各駅停車。
人前で手を握ることさえ恥ずかしがる志穂にとっては、これくらいの静かな場所の方がホッとするらしい。
ガタン、ゴトンとゆっくりと景色を変える箱の中で、ガランとした席に二人で座ると手を握ることを嫌がらなかった。指を絡めて、その甲にキスをする。
少し俯いて、けれど嬉しそうに口元をほころばせる彼女は、抱きしめたいほどに「可愛い」と広之は思う。
〜 夢見るウサギ、恋するオオカミED 〜
隣に座って、肩を寄せ合い、本当は肩を抱きたい衝動に駆られながら手を繋ぐ。
視界の斜め下にあるほんのり色づいた頬。
体は幾度となく濃厚に重ねているのに、じつはこういう 恋人 らしいシチュエーションにはほとんど縁がない。無闇に自己を過小評価するひっこみじあんな彼女のせいだが、そのクセ夢見ることは人一倍だ。
付き合いはじめた当初、恋人らしいイベントを一通りこなしてから一線を越えたいと望んだくらいなのだから――。
弱気な彼女の望みは、こんな誰にも知られない片隅でだけささやかに叶えられるのだろうか。
「鳴海くん、わたし、頑張るからね」
彼女の、口癖のような誓いの言葉。
「うん」
何に対して頑張るのか。志穂にとっての課題は多い。
当面は受験勉強。それから、少しでもその 自虐的 なまでの頼りない性格をなおさなければ ずっと 付き合ってなどいけない。
広之が、ではなく、志穂の方がたぶん耐えられない。だから――。
(だから、俺は……)
「 志穂 」
「ん……」
呼びかけた広之に、志穂が応える。
ただし、彼女は夢の中だった。
こてん、と彼の肩に頭を乗せてスゥスゥと無邪気な寝息を立てる。
「………」
眠ってしまった彼女を責めることはできない。昨日の夜遅く……むしろ今日の明け方と記したほうが正しいか……まで寝かさずに疲れさせたのは 彼 のせいだ。
傾いた志穂の首筋に散る花びらは目立たないが、確かに昨日の夜の証。
ハァ、と広之は悩ましい息をつく。
「――バンソーコーあったかな」
二人の関係が……つまりはセックスまでいっている、という事実を互いの親に知られるのは、流石にまずい。将来的には伝えるべきだろうが、いまはマイナスでしかない。
(せめて 高校 を卒業しないとな……)
と、広之は志穂の頭に自分のそれを傾けて、ハフと小さな欠伸〔あくび〕をした。
>>>おわり。
夢見るウサギ、恋するオオカミ7 <・・・ ED
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