いつも――
朝、目覚めて願うこと。
現実〔これ〕が 夢 でありませんように。
どうか。
窓の向こうにいる人が、今日も笑ってくれますように。
本当は、朝までずっとあなたのそばで……眠りたい。
そうすれば、
こんなにも不安な気持ちにならずに、幸せに浸れるから。
おとぎ話のお姫さまに、届かない。
わたしは、彼に似合わないって。
わかってる。
わたしは――きっと 王子様 に 恋 してるの。
〜 夢見るウサギ、恋するオオカミ1 〜
山辺志穂〔やまべ しほ〕は鞄を持つ手をギュッと握りしめた。
夕暮れの通学路を歩く足を止めて、隣の彼を仰ぐ。
きっと、いま、自分の顔は夕暮れに負けないくらい赤い。それは、仕方のないことだと彼……鳴海広之〔なるみ ひろゆき〕の発した言葉から思う。
『 泊まる準備しておけよ 』
なんて、サラリと言われればわたわたしてしまうのは自明の理〔ことわり〕。
呆然と立ち止まった志穂に、振りかえった彼の姿が逆光になって呼んだ。
「志穂?」
「で、でも、日帰りだって……みんなには」
「近場の海だし、電車で行けるし、現地解散にするからバレないよ」
流石に、志穂よりも計画性に長けているだけあって、広之にぬかりはないらしい。もちろん、彼のことだから心配はしていないが……澱みのない返事に、ぱくぱくと口を開閉して口を噤んだ。
そう。
もちろん、彼は上手く立ち回るだろう。
問題は、どちらかと言うと 自分 だ。
「で、でもぅ……」
「なに? イヤ? だったらハッキリ言えよ」
苛立ったように言って、広之は志穂の答えを促した。
「い、イヤじゃない……けど」
「けど、なに?」
相変わらずの曖昧な態度に、さらに広之の不機嫌な声はかたく尖った。
「……あの」
身を小さく竦めて、志穂は彼を見つめた。背後から射す傾いた陽に隠された表情は、読めなくて不安になる。
上手く嘘をつく自信がない、なんて言ったらどう思われるか。
今度こそ、本当に愛想を尽かされるかもしれない。
(そんなの、やだ……)
鞄をギュッと握った手を、さらに固く握って首を振る。
「イヤじゃ、ないもん」
「志穂、それ、答えになってないから……まあ、頑なになるならそれでもいいけど。つまりは、「外泊」了承ってことでいいんだろ?」
コクコクと頷いて、志穂は俯いた。
「うん」
「そう、俺さ……志穂のそういうとこ、嫌い」
息を呑んで、けれど志穂は顔を上げる勇気がでなかった。こんなんじゃダメだ、と解かっているのに……できない。
「知ってるだろうけど」とヒヤリと響く広之の声が体を凍らせて、胸が締めつけられる。
「な、鳴海くん」
届かない小さな声で彼の名を呼び、彼の手に触れようと手を伸ばす。
けれど、それは触れる前に遠ざかった。
「ダメ。今日は親がいるんだ……触ったら凶暴な気分になりそうだし、我慢しろよ」
にっこりと微笑んだ優しいけれど、厳しい言葉に泣きたくなる。唇を噛んで耐えて、下を向いて……そのあとは、怖くて 一言も 言葉を交わすことができなかった。
それは――。
三年、一学期の終業式のあった日の夕暮れ。
>>>つづきます。
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