見下ろすと、中庭の桜がひらひらと散っていた。
〜 サクラさくら2 〜
「 馳くん 」
呼ばれて、輝晃は目線をずらし……また、すぐに戻す。
昼休みにこの屋上から中庭の渡り廊下を見下ろすのは、入学してからしばらくして決まった彼の定位置だったりする。理由は、もちろん彼女だった。
(うーん、どうやったら意識してもらえるんやろ……仁道って、そういうの鈍そうやし)
自分が彼女の眼中にさえ入っていないことを認識した今、意思表示は大切だと思うのだが……相手が相手なだけに苦労する。
(引かれたら、元も子もあらへんし――)
風が吹いて、ひときわ見事に桜吹雪が舞うと、渡り廊下を渡っていたおさげの少女が髪とプリーツの入ったスカートを押さえて仰ぐ。
輝晃の方を少し見て、不思議そうに首を傾げて笑った。
( やっぱり、カワイイなあ )
と、輝晃は思って、そばに来ていたクラスメートである女子のことをすっかりと忘れていた。
「馳くんってば!」
腰に手をやった彼女たちは、顔を険しくしてポカンとしている彼に「もう!」とすねてみせた。
「話、聞いてくれてへんし!?」
「……なに?」
輝晃が迷惑そうに眉をひそめたものだから、彼女たちの方が怯んだ。
「あ、あのね。馳くんのこと……名前で呼んでもええ?」
「名前?」
「うん。クラスの女子みんなで決めてんけど……あかんかなあ?」
輝晃は不可解な顔をしながら、妙なことを決めるんやなあと思った。
「ふーん。べつにええけど?」
正確には、どうでもいいと思っていた。
彼女たちが誰を苗字で呼ぼうが名前で呼ぼうが、正直なところあまり興味はない。
「ホンマ? じゃあ、輝晃くんって呼ぶね」
ウキウキと弾んだ声ではしゃぐ彼女たちに、輝晃は面くらい、目の端に映る渡り廊下から小槙がいなくなっているのを確認すると「あーあ」と肩を落とした。
それから、一組の女子は全員、輝晃のことを「輝晃くん」と呼ぶようになった。それが、「輝くん」やら「テル」に変化するのに、あまり時間はかからなかった。
*** ***
「 輝晃くん 」
達する瞬間に小槙が呼んだ名前に輝晃は懐かしい光景を思い出し……気持ちいい浮遊感に包まれた。
「なあ」
と、朝目覚めると輝晃は小槙に訊いた。
「んー」
まだ半分眠った頭で彼女は輝晃に甘えてくる。
朝から元気な自身に苦笑しながら、輝晃は襲うことはしないと誓って彼女の肩を抱く。
首筋に唇を優しくつけて、
「なんで、「輝晃くん」なん?」
瞬間、小槙の身体がビクリと跳ねて覚醒を遂げる。
「 え?! 」
身体を離すと、何もつけていない生まれたまんまの姿が輝晃の前に晒されるのだが……小槙はそんなことに気づく気配もなく、朝の日差しに包まれた明るい部屋で彼を見上げた。
「なんで、そんなこと……」
目の前にある絶景に目を細めながら、輝晃は続けた。
「なんか中学生の頃を思い出すからさ……あの頃、おまえ俺に全然興味なかったみたいやし、せつない思い出や」
わざとしんみりと言ってみると、小槙が見てわかるほどに困惑していた。
「そ、そんなことないよ。だって」
「だって?」
「「輝晃くん」って呼ぶの、いいなあって思ってたもん。せやから……」
頬を染めて、小槙は上目遣いで躊躇〔ためら〕った。
「 いま、呼べて嬉しいねん 」
可愛いことを、決死の覚悟で口にする。
「――朝から盛るんは本意やないけど。ここで襲わんかったら、男が廃る。そう思わん?」
「へ?」
輝晃のよくわからない問いかけに小槙はパチクリと目を瞬かせて、次の瞬間ツッコんだ。
( 思わへん思わへん思わへーん! 輝くんのスケベ!! )
>>>おわり。
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