「 仁道 」
中学の入学式の朝。
クラス発表の掲示板の前で、仁道小槙〔にどう こまき〕は呼び止められふり返った。
「馳くん」
少年らしいあどけなさを残した端正な顔と、伸びはじめたらしい少し背の高くなった馳輝晃〔はせ てるあき〕が立っていて、彼女を見下ろしていた。
「どうしたん? なんか用?」
小槙の問いに、みるみる仏頂面になって彼は言った。
「悪かったな、用がなくちゃ話しかけちゃいけないのかよ?」
「わっ、ごめん。そういう意味や、なかったんやけど……」
ただ、輝晃とは小学校が一緒だとは言え、同じクラスになったのも一度だけ。
まともに話をしたのは、六年の運動会の時くらいだったから小槙からすれば、どうして? と疑問に思うのは仕方なかった。
(相変わらず、カッコええし……なんか、別世界やなあ)
「まあ、いいけど、さ。仁道は何組やったんや?」
小槙がちょっと見惚れている間に気持ちを立て直したらしい輝晃が、前髪を気にするように目をそらして訊いてくる。
「へ? は、わたしのクラス??」
「そう。俺は一組やったけど……気になって」
「……そうなん? わたしは四組やったよ」
「ふーん」
気のない返事に、訝〔いぶか〕しむ。
〜 サクラさくら1 〜
「どうしたん? なんか悪いこと言うた?」
小槙のそれに、少年がするには大人びた微笑みを浮かべて輝晃は「べつに」と急に手を伸ばす。
「おさげ、似合うやん」
肩より長い場合は髪をまとめること……という学校規則をきちんと守った彼女のおさげを片方摘まんで、言った。
「そ、そうやろか? まだ短いからブサイクやねんけど」
小槙はいきなりどうして輝晃がそういうことを言い出したのか解からなくて、たどたどしく返す。
「いいんやない? 仁道らしくて」
くすくすとおかしそうに笑う輝晃に、小槙の血の上った頭はついていかなかった。
輝晃が去って、ようやく理解する。
(似合〔にお〕うとるって……似合うとるって……)
「暗にブサイクやて、言いたいんやろか? わたしのこと。どういう意味やねん」
呆然と、乗りツッコミをして唇を尖らせた。
「小槙ちゃーん!」
友達の佐藤カナコ〔さとう かなこ〕が、サクラ吹雪の中やってきて興奮気味に訊いてきた。
「そこで、すごい噂聞いたんやけどホンマ?!」
「へ?」
「小槙ちゃんが、 馳くん とイチャついとったって!!」
「 ん なっ、ななななに言うとんねん!」
「ウソやウソや」と真っ赤になって首をふる小槙に、友人カナコは「あれー?」と変な顔をする。
「なんや、ガセ? むっちゃ騒いどったのに。ブー」
「ブーってなんやねん。イチャついてへんもん……誤解や。訂正しとかなあかんなあ」
はぁ、とため息をつく小槙に、カナコは同情した。
「そやねー。馳くんのファンは多いから」
「カッコええもんなあ、目の保養になるわ……さっきも見惚れてしもうて」
「小槙ちゃんって、そういうトコ、ミーハーやねえ」
「んー、かなあ?」
あんまり自覚はなかったが、輝晃をそういうふうに思うのは素直な感想なので……確かに「ミーハー」なのだろう。
「新入生、せいれーつ!」
先生たちの点呼がはじまって、小槙たちは顔を見合わせた。
「カナコちゃん、わたしと同じ四組やったよ」
「ホンマ? じゃあ、一年よろしくぅ」
にかり、と笑って二人は手をつないだ。
>>>つづきます。
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