それから、川原に近づくにつれ人が集まり、露店が増えて周囲は賑やかになった。
〜 約束の夏2 〜
「かわいい」
彼女がそう立ち止まったので、輝晃は覗きこんだ。
「そういうの好きなんや?」
輝晃の声に驚いて、小槙がふり返る。
彼女からすれば、独り言のつもりだったのに予定外に人に聞かれてしまってかなり慌てていた。
「は、馳くん。いやや……なんでおるん」
「なんでって……一緒に来てるんやから当たり前やろ」
「そうやけど。みんなは?」
「あー、先に行ったみたいやけど……どうにかなるやろ? それより、仁道訊いていい?」
「なに?」
「それ、気に入った?」
小槙が立ち止まって見入っていた露店に並んでいたのは、小さなガラス玉の入った指輪だった。デザインは様々、値段はガラス玉のわりには高めだったが、中学生にも買えそうな程度には値段を抑えている。
露店のおじさんはニヤニヤと笑って、輝晃をそそのかす。
「よっ、若いの。彼女に買ってあげなって」
「か、彼女……」
真っ赤になって、小槙はうろたえた。
それがまた可愛くて、輝晃はくすくすと笑ってしまう。
「ちゃう、ちゃうから……誤解されてるわ。馳くん、行こう」
「え? 買ってあげるって。どれがええ?」
ビックリした小槙が俯いて首を振る。
「そ、そういうのはあかんよ。馳くんが好きやと思ってる娘〔こ〕にせんと……」
「だから、仁道にしてるんやけど?」
え? と顔を上げた彼女に被る無遠慮な声に、輝晃は殺意さえ覚えた。
「テルー」
「輝くーん」
「委員長ー、どこやー?」
(おまえら、 ホンマ にいい加減……気を利かせろや)
「あっ、よかったね。探してくれてたみたい……」
ホッとする小槙の手を軽く取って、指に触れる。
「いつか――委員長に指輪買ってあげるよ。約束な」
本気なのか、その場限りのウソなのか、判断しかねる表情で小槙は輝晃を見返して、聞かなかったことにしようと首を一回横に振った。
*** ***
「どれにする?」という輝晃の問いに、小槙は躊躇うように考えて「じゃあ、これ……」と露店の指輪のひとつを選んだ。
並ぶチープな感じがいなめないガラス玉のそれらだから、彼女も買ってもらうことに抵抗を感じなかったようだ。
受け取ると、嬉しそうに微笑んで「ありがとう」と礼を言う。
小槙の選んだ指輪は、シルバーに小さなガラス玉が三つ並んだごくシンプルな形のもの。
つけていても、たぶん目立たないだろう。
「約束したやろ」
「うん」
しかし、本当の意味での約束はこれからだった。
人ごみの中心から少し外れた花火を見るには二等席の土手の上に立って、桜の木の木陰から空を仰ぐと鮮やかな夜の華が咲いた。
ドーン、と低い地響きが辺りを歓声に包む。
後ろから小槙を抱いて、輝晃はそれを彼女に渡した。
「なんやの、これ」
ベルベットの小さなケースに入っているモノと言えば、決まっているだろうに。
「 婚約指輪 」
平然と言ってのけた輝晃に、ドーンという花火の音とともに小槙は顔だけふり返らせる。
困ったように、帽子を目深にかぶりサングラスは外した彼を見つめた。
キラキラ、と照らし出されるその像に首を振る。
「輝晃くん。それは……受け取られへんて、言うてる」
「受け取らんでええから、かけといて」
輝晃は手にしていたプラチナのチェーンに指輪を通すと小槙の首にかけて、その項にキスをした。
そうして、左手で彼女の手を取るとその薬指にある安物の指輪に唇を寄せる。
「虫除けは コレ で我慢しといたるから、いつか心が決まったら――」
小槙の浴衣の襟元から手を入れて、輝晃は薄い肌襦袢〔はだじゅばん〕の上から彼女の胸を責めあげた。
「……ん、やぁっ! あっ」
と、真っ赤になって抵抗し、しかし彼の腕からは逃れられず、そのまままさぐる腕にすがりつく。
打ち上げられる花火の音と歓声で、たぶん彼女の声は彼以外の誰の耳にも届かない。
「輝くん、やだ……」
弱くふるえる小槙の耳の後ろに唇を添えて、輝晃は低く囁いた。
「 いつか、心が決まったら指にはめて……見せてよ。分かった? 」
彼女が頷くまで、彼は責めを止めなかった。
>>>おわり。
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