河川敷に向かう人の群れに、カランコロンと彼女の足元が鳴った。
「すごい人……なあ、大丈夫やろか?」
と、白地に夕顔柄の浴衣に黄色い帯を蝶々のように結んだ仁道小槙が心配そうに顔を上げた。
近所の規模の小さな花火大会だと思っていたが、案外人が集まっていて路肩に並ぶ露店も多い。もちろん、著名な花火大会とは比べようもないがかなりの人目があるのは彼・馳輝晃……芸名、八縞ヒカルにとっては動きにくいことになりそうだった。
しかし。
「ええって。もうすぐ夕暮れやし……人が多い方がかえって見つからんやろ」
目深に帽子をかぶって、サングラスをかけた彼は小槙の頭を引き寄せる。
がしがし、と撫でる仕草をすると慌てて、彼女は逃げた。
「あかん。輝くん、コレすっごく時間かかったんやよ? 直すの大変なんやから!」
カラカラ、と下駄音を響かせて先を行く小槙は楽しそうだった。
結い上げられた黒髪は、真面目な彼女にしては珍しくイロイロな飾りがついて動くたびに揺れていた。
「かわいいやん」
と、輝晃は思わず声に出して口元がゆるんだ。
そんな彼を小さな子どもたちが後ろから追い抜いて、駆けて行く。
女の子は浴衣、男の子は普通の短パンにTシャツというのが定番か。
「輝くん、どないしたん?」
覗きこむ小槙にそっとキスをして、団扇〔うちわ〕で隠した。
「中学の時のこと、思い出してた」
囁いて、彼女の項〔うなじ〕に触れると朱に染まった。
――たぶん、それは夕陽のせいだけじゃない。
〜 約束の夏1 〜
中学三年の夏休み、登校日の放課後。
輝晃たち男子を呼び止めたクラスの女子たちが、明日近くの川原であるという花火大会に行かないかと誘ってきた。
「女子みんなで行かへんかって話になってんけど……一緒に行かへん?」
「ふーん」
と、輝晃は相槌をうって、彼の周りにいた友人は「ええんちゃう?」「ヒマやし」「楽しそうやん」と乗り気になって集まってきた。
もう帰ってしまった連中もいるから、「みんな」というには語弊があるかもしれなかったが。
「……委員長は?」
ふと、輝晃はちょうど窓際の一番前の席で帰り支度をしていた小槙にふり返って訊いた。
「え?」
黒ブチの眼鏡をかけたおさげの少女は、突然声をかけられて戸惑ったように手を止める。
「委員長も行くの?」
「え、え? なんの話なん?」
「あー!」
と、大きな声を張り上げて女子のみなさんがまくし立てた。
「そうや。委員長にはまだ、話してなかったわ!」
「わ、わざとやないよ? いややわーウッカリしとった」
「あんな、明日川原である花火大会にみんなで行こかって話になって……仁道さんは行けるかなあ? 行けるよね!」
「……う、うん。大丈夫やと思うけど」
彼女たちの畳みこむような剣幕に半ば押されて、こくこくと小槙が頷いた。
「やって!」
「輝くんも行く?」
「行くやろっ?」
ふり返った彼女たちの必死の形相に輝晃は微笑〔わら〕って、「いいよ」と答えた。
駅前で五時、という約束にあわせて輝晃がその場所に向かうと、すでにほとんどのメンバーが揃っていた。
「あっ! テルーこっちこっち」
「待ってたでー」
「見て見て、浴衣着てみてーん」
女子の何人かは、浴衣を着ていて……小槙もそんな女の子の一人だった。
紺地に淡い朝顔柄、黄色と臙脂のグラデーションがついた帯でふわふわとした金魚のような結びをしている。
髪はいつものようにおさげで、どこか所在なさげに立っていた。
この集団の中には、親しい友人がいないせいかもしれないと輝晃は声をかける。
「仁道」
「馳くん……こんばんは?」
五時すぎとは言え、夏の日はまだ高い。
首をかしげて笑う小槙に、輝晃は笑って「こんばんは」と返した。
「仁道が浴衣とは思わんかった」
「え? そうやろか……変?」
「いや――」
「よう似合〔にお〕うてる」と答えたくて、邪魔が入る。
「テルー、なにしてるん?」
「もう行くでー」
と、腕を取られて急かされた。
(ええい、寄るな。おまえら……)
輝晃は恨みがましく彼女たちを睨んだが、あまり効果はなかった。
>>>つづきます。
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