足りない。
仁道小槙〔にどう こまき〕の両親に挨拶するため帰郷したその日、小槙の家から自分の家に戻った馳輝晃〔はせ てるあき〕は、懐かしいままの自分の部屋で彼女と二人っきりになりながら息をついた。
隣の居間には、母親である馳柊子〔はせ しゅうこ〕がいる。
「は、恥ずかしいって……お義母さん、おるのに」
真っ赤になって、顔を隠す小槙に輝晃は不機嫌に舌打ちした。
(お袋のヤツ、ワザとやな……)
小槙の手を外して、「キス、だけやから」としたくもない約束を口にする。
こうでもしないと、キスさえも許してくれなさそうなトコロが小槙らしい。
「ほ、ホンマに?」
ベッドの下で座りこんだ彼女が、怯えた上目遣いで訊いてくる。
(いや、嘘――)
「ホンマに」
にっこりと笑って輝晃は言うと、小槙の唇にそっと唇を重ねた。
〜 Other...another... 〜
「可愛い子やない? あの子」
三者面談のために、中学校までやってきた母・柊子が肘で隣の輝晃を突付いた。
結構重度の方向音痴である彼女のために、校門で待ち合わせしていたのだが……女手一つの仕事に忙しい身の上と元来のせっかちな気質で、約束に遅れたにも関わらず五分と待たずに待ち合わせ場所を放棄した柊子は、こともあろうに帰宅途中だった仁道小槙に声をかけた。
気のいい輝晃のクラスメートであるおさげ髪に眼鏡の少女は、快くクラスまで送ろうとしてくれたらしい。
俯き加減で、はにかんだ笑顔。
「 可愛いよな、やっぱ 」
と、素直に同意する。
息子のそんな様子に、柊子が目を瞠ってマジマジと眺めているとは知らずに輝晃はひとつ大きく頷いた。
彼女のそばに。
( 俺は、ただ……そばに、いたいんや )
ただ、きみのそばに――。
「 小槙 」
深いキスを終えると、途端に彼女の体が抵抗した。
「んふッ、いや……!」
輝晃の頭の中では、キスをしているだけだった。が、実際は少々違っていたらしい。
ベッドに押し倒された格好の小槙は、前の乱れたブラウスとめくりあげられたスカートで下着もすでに半脱ぎに近かった。
泣きそうな目で、輝晃を睨んだ彼女は「ウソツキ」と煽るように口にする。
「ごめんて、つい」
「つい、やないよ! こ、こんなん知られたら……」
慌てて身なりを整えようと、上体を起こしかけるが阻まれる。
「て、輝くん! なにして……やッ」
「大丈夫やて、まだ一時間まで時間あるやろ――」
そう思って、時計を見るのと扉の向こうから柊子が声をかけるのが同じだった。
「輝晃ー、時間やよ」
「い、やー!」
ドン、と小槙は恥ずかしさのあまり輝晃を突き飛ばし、乱れた服を素早く整えた。
*** ***
しかめっ面の輝晃を、小槙が申し訳なさそうに見上げた。
「ご、ごめんな……わたし、ビックリしてしもうて」
「ええ」
小槙はええ。
問題は――と、輝晃は息子の仏頂面を悪意もなく笑い飛ばす母親に向けた。
「いややー、大阪人としてのちょっとした「オチャメゴコロ」やってんけど!」
「なんや、それは……そんなもんどっかに捨ててこい。時間より早く声かけるやなんて タチ 悪いわ」
アハアハ、と笑って誤魔化そうとしたが柊子もそれが難しいと分かっているのか、次第にシュンと小さくなる。
「ごめん」
小槙の渾身の力で突き飛ばされた輝晃は、ベッドから落ちて軽く後頭部を壁にぶつけた。
流石に呻いた輝晃を慌てて小槙が駆け寄り介抱したが、尋常じゃない音に部屋に入ってきた柊子と目があって……急場凌ぎで整えたとは言え、乱れた化粧と服(特に下着)に真面目な小槙はかなり動揺した。
「あ。コレ、ちがうんです!」
何が違うのか、申し開きようのない状況だった。
にも、かかわらず。
必死に似合わない嘘で誤魔化そうとする彼女に、柊子も悪いと思ったのか「そ、そうみたいやねー出直すわ」と早々に扉を閉めた。
が。
落ちこんだ小槙はいまだに、柊子の顔をまともに見ることができないでいる。
それが、息子の母にとっても殊勝にならざるをえない要因になっていた。
「せ、せやかて……ホンマに悪さしてるなんて思わへんやろ」
「ほー、それをお袋が言うか。我慢できるワケないやろ」
「……せやね」
納得、されるのもいかがなものか。
コソコソと耳打ちしあう親子に、小槙が不思議そうな顔をする。
「しゃ、しゃーない。今夜、家空けたるさかい……ちゃんと、フォローしたってや」
このまま顔を合わせてもらえないのは流石にツライ、とうなだれる母・柊子に、息子は温情の笑顔で請け負った。
>>>おわり。
Other...mother... <・・・ Other...another...
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