焼けと机と室と。 Other...mother...


〜NAO's blog〜
 ■小槙さんと輝晃くんの、過去話+中学三年・冬の初め■
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 校門に向かって帰宅する途中だった仁道小槙〔にどう こまき〕が声をかけられたのは、中学三年の高校受験の押し迫った12月。相手は、夕焼け色のスーツをピシリと纏〔まと〕った女性だった。
(誰かのお母さんやろか?)
 少し、季節は遅いが……三者面談をしているのかもしれない。
「はい?」
 小槙が首を傾げて待つと、彼女は「ごめんなさいねー」と人懐っこく近づいてきた。
 外見は、バリバリのキャリアウーマンという感じなのに、どこか優しい。誰か、知っている人と似ているのかもしれない……と、元来人見知りのおさげ髪の少女は自分が易々と警戒を解いているとは気づいていなかった。
「息子と校門で待ち合わせしてたんやけど、ちょっと遅れたらおらへんのよ……もう! どうせ、女の子に言い寄られてるんやわ。誰にでもええ顔するんやから」
「はあ」
 勢いよくまくし立てられて、小槙は頼りない相槌をうつ。
 そんな戸惑いを察した女性は、「やってしもた」という顔をしてペロリと舌を出した。
「あー、ビックリさせてしもたわね。ごめんなさい。えっと、で……息子と会われへんかったもんやから教えて欲しいんやけど、いいかしら?」
「はい。なんでしょう?」
(面白いお母さんやなあ……)
 思わず、顔をほころばせて小槙は頷いた。

「三年一組の教室ってどこか、知ってる?」



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「はい」
「ほんま? よかったー。わたし、方向音痴でねーすぐ迷ってしまうんよ」
「そうなんですか? よろしければ案内しますよ」
「え、でも……迷惑やない?」
 ふるふると首を振って、小槙ははにかんだ。
「教室は一階やし、おんなじクラスのお母さんやもん……」
 小槙の言葉に、「あら、まあ」と彼女は目を瞠って、「そうやの?」と目を細める。
「奇遇なこともあるもんやねえ」
「そうですね」
 小槙は体の方向を変えて、女性と歩き出しながら「仁道小槙って言います」とぺこりと頭を下げる。
「今の季節に三者面談ですか?」
「ええ、そうなのよ。あの子ったら、何を思ったのか急に志望校変え言うたらしくて……しかも、かなりランク上げしたもんやから、先生もわたしも面食らってしもうたわ」
 ふーん、と小槙は見上げ、言葉は投げやりだがその息子のことを彼女は大好きなんだろうと思った。
「あ。ごめんなさい……名前、まだ言うてなかったわね。わたしは、馳――」

「 お、ふ、く、ろ 」

(馳――くん?!)
 ふり返って小槙は息をのみ、馳輝晃〔はせ てるあき〕も母親と彼女が一緒にいることに少なからず驚いていた。
「仁道?」
「もう! あんたがおらへんから 女の子 ナンパしてもうたやん。彼女、クラスメートなんやて?」
「……いないって、5分程度やろ。少しは待てっちゅーねん」
 嫌そうな息子の抗議にカラカラと母親は笑って、ピョンピョンと彼の横に跳ねていく。
「だってさー、待つのって退屈やろ?」
「遅れてきておいて、それかよ……」
 さらに渋面になって、輝晃は立ち尽くす小槙に笑いかけた。
「ごめんな、お袋が迷惑かけて」
「ううん」
 全然、と首を振って、俯く。
(馳くんの、お母さんやったやなんて……なんか、どうしよう)
 どうする必要もないのに、気恥ずかしくなって顔を上げることができなくなった。

「 じゃ、仁道さんありがとう 」

 彼に似た優しい女性の声に、小槙はふるふると首を振って上手く笑えたかどうかもわからない顔を上げると、校舎に消える二人を見送った。


*** ***


「柊子さんでも、お義母さんでもよくってよ」
 玄関で出迎えてくれた輝晃の母親は、そう……中学時代に会った屈託のない印象のまま、小槙に笑いかけた。
 小槙が「え?」と固まって、次に真っ赤になって慌てて「分かりました」と頷くと、馳柊子〔はせ しゅうこ〕はさも興にいったとばかりに 可愛い 未来の娘の隣に立つ、変わらない 不肖の 息子に声をかける。
「相変わらず 一途 やのねえ」
「ほっとけ」
 ぷくく、と笑って、「いやや。悪い意味やないわ」と口元に手をやって視線を流す。

「可愛いもんなあ、小槙ちゃん」

 当然や、とばかりの輝晃の不機嫌な目に(あらあら)と柊子は肩をすくめた。
「まあ、玄関で立ち話もなんやし。入って入って」
「あ。はい、お邪魔します」
 輝晃と柊子の間に挟まれた小槙はよく分からない居心地の悪さに戸惑いながら、礼儀正しく頭を下げる。
 靴を脱ぎながら、輝晃が訊く。
「お袋、出かける用事とかないんか」
 あからさまに 邪魔 と言わんばかりの言い草に、柊子はふり返り「あらへんよ」と胸を張る。
「あんたの気持ちも分からんでもないけど……仁道さんの家じゃあ大人しくしてるしかないやろうし、こんな地元じゃどこに行ってもバレバレや。欲求不満になるのも仕方ない――」
 ムッと仏頂面になる図星をさされた輝晃の横で、小槙が真っ赤になってオロオロする。
「けどな、わたしかて責任のある 親 や。結婚前の娘さんを預かって息子が不貞を働くのを見逃すワケにはいかん」
 ムムッ。
 と、さらに口を一文字に引き結んで輝晃はグゥの音もつげなかった。
「お袋のクセにまともなことを言いやがる」
 ふふん、と鼻を鳴らして、彼女は「参ったか」とニンマリと笑った。

「まあ、あんたの部屋で一時間くらいは二人っきりにしたるさかい……それで、我慢しとき」

 と、憐れむように息子の頭を小突いた。


 >>>つづきます。


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