それは、いつかどっかで耳にしたような 彼 からの定期コールからはじまった。
『もしもし、起きてた? 今、帰ったところなんや』
『え? 誰か一緒にいるんかって? おるで』
『アホ、猫だよ。猫。この前、野田さん頼んでもらってきてもらったんや……名前?』
『そ。かわいいやろ? おまえほどやないけどさ。なに? 信じへんの? 愛してるって言うてるやん』
見においで、と呼ばれれば、断る理由はどこにもなかった。
久方ぶりに時間ができたという若手俳優の彼・八縞ヒカルこと本名、馳輝晃と恋人関係にある弁護士の仁道小槙はかれこれ一ヶ月ほど会っていなかった。そろそろ二人の我慢も限界というところ。
『 小槙が足らん。充電してもええ? 』
ええよ、と答えながら、小槙は自分でも恥ずかしいほど彼の囁く声に感じていた。
〜 ふたり時々猫日和1 〜
「いらっしゃい」と出迎えた輝晃を追って、まだ小さいトラ柄の毛玉がやってきた。
「にゃー」
と、鳴くとはじめて見る人間にピタリと止まる。
ジリジリと後ろに下がってうかがうように見上げる眼差しは警戒もあらわだった。
「おいでおいで」
小槙が膝をついて呼んだが、小さな身体は飛び退り脱兎のごとく奥のリビングへと逃げ帰る。
まだ、人に慣れていないらしい……そう思うと、小槙は少し残念だった。
「触りたかったのに……輝くんには、かなり懐いてるみたいやけど」
「あー、まあな。もらってきたとき、まだ小さかったし。俺のこと、親やとでも思ってるんちゃう?」
笑って輝晃は答え、肩を落としている彼女を中に促した。
「まあ、そのうち慣れるって。言うても、今日は最初やねんし」
「うん。今度はなんか持ってくるわ、やっぱり餌付けやんね」
握り拳で決意する小槙を見下ろして、ぷっと輝晃がおかしそうに噴きだした。
「せやなー、有効かもしれんな。じゃ、俺にも餌付けをよろしく」
「 は? 」
小槙が言葉を理解する前に、輝晃は身をかがめて彼女の唇をぺろりとなめると、見開いた目に視線を絡めたまま音をたてて吸った。
「輝く……んんっ」
いきなりのことに、抵抗する小槙を制して告げる。
「まだ、足らん」
口を開いた小槙をすかさずとらえて、輝晃は彼女の中に舌を滑りこませた。
「な……ん、ぅん……輝くん……ッ」
苦しそうに喘ぐ小槙を見下ろして、その肩に腕を廻し、顎に手を添えて深いキスをした。
「一ヶ月ぶりや、まずは充電させてもらってもええやろ?」
ようやくキスから解放された小槙はハアハアと荒い息を吐くと、濡れた目で見上げ、抱きついた。
「うん。わたしも――」
最後まで彼女の言葉を聞くことなく、輝晃はリビングの半ばまで開いた扉を乱暴に蹴って開け放ちソファの上になだれこんだ。
が。
「ふにゃーっ!」
尻尾をふくふくとふくらませた子猫は爪をたて、ソファーにシッタ! と飛び乗ってきた。
「にゃーっ!」
シャーッ! と威嚇する 猛然とした抗議 らしいモノに小槙を下にして脱がしにかかっていた輝晃は、彼女と顔を見合わせて「あーあ」と天を仰いだ。
「なんやろ? 妬いとるんやろか?」
困惑した様子で小槙が呟く。
ご主人様を取られたと感じた子猫に嫌われたのでは、今後仲良くするのは難しいかもしれない……と不安になる。
が、そのへんはキッパリと輝晃が否定した。
「ちゃう。単にお腹が空いたんや、食い意地はっとるから。コイツ」
やれやれ、と身を起こすと輝晃は仕方ないとキッチンに立った。
小槙はそんな彼を見送って、てとてととそのあとを追いかける子猫の手際のいい背中に嘆息した。
「すごい。輝くんを操ってるわ……」
まさか、輝晃が小槙とのナニを邪魔されないために動いているとは知らない彼女は素直にほめた。
お腹がイッパイになった子猫は、次は遊んで遊んでとじゃれついてきた。ご主人様である輝晃と小槙がにゃんにゃん(?)と仲のいいところを見たせいか、警戒心を易々と解いた かの傍若無人 は小槙にも相手をしろとばかりに慣れついた。
しばらくして。
いたくご機嫌なままソファに丸くなると「くわっ」と大きな欠伸をして、午睡に突入した。
「輝くん……?」
寝室のベッドに押し倒された小槙は、輝晃を仰いでキスを受ける。
「シッ! アイツが起きたら何かとうるさいからな……黙って」
人差し指を彼女の口元にそえて、くすりと笑う。
「ん……ッ」
キスがふかくなっていくのを抗うこともできずに小槙は呻いて、キュッと輝晃の袖を掴んだ。
>>>つづきます。
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