わたしには。
彼に言えない――秘密〔こと〕がある。
〜 プロローグ 〜
小槙の思惑とは別に事態が急変したのは、小春日和の休日のこと。出かけに鳴った一本の電話からだった。
『 小槙ちゃん!! いま、家?』
大阪に住んでいる幼馴染の親友・佐藤カナコは、興奮した様子で携帯に出た小槙を呼んだ。
「う、うん。カナコ……ちゃん?」
その勢いに戸惑いながら、小槙は「どうしたん?」と訊いた。すると、電話の向こうでカナコが『うわー』とか『どないするんー?』とか騒いで、ひとしきり大騒ぎしたあとに『気ぃしっかり持たなあかんで』と言い置いてテレビをつけるように促した。
リモコンでパチリとテレビの電源を入れる。言われる通りチャンネルを変えると、いまは昼前だから政治討論番組や芸能情報バラエティ番組が入れ替わる。
( え? )
小槙は、そのひとつの報道に目が釘付けになった。
よくある芸能人の記者会見のようだった。彼は、若手の人気俳優でテレビの右上にあるテロップには赤く目立つ「熱愛宣言」という文字が踊っていた。
「八縞ヒカル、幼馴染と熱愛宣言」
と。
晴天の霹靂とはこのことか、とクラクラする。
『結婚を前提に、付き合っています』と彼は余所行きの標準語で、笑っていた。
(う、ウソやん……)
『――彼女は一般の人間ですから、取材はすべて俺にしてくださいね』
チクリ、と報道陣に牽制をかけてから、『受けて立ちますから』とどよめく周囲に言い放つ。
「し、信じられへん……なに考えてるん?」
響く頭痛で、ほかの音など耳に入る余地もない。
『…… ちゃん 、小槙ちゃんっ聞こえとる? 小槙ちゃんって ば!! 』
泣きそうになった小槙は、けたたましく何度も繰り返す親友の声に、ようやく彼女と電話で話していたことを思い出した。
「あ。ゴメン、カナコちゃん……」
『ええよ。もう……まあ、そうやとは思たけどな。慎重な小槙ちゃんやもん、知らされてなかったんやね』
「うん。こんなことしてしもて、どうするつもりなんやろう。人気商売やのに……」
心底、心配している小槙にふふふとカナコがほくそえんで、
『平気やろー、輝晃くんは滅法強いからなあ。ファンかてみんながみんなアホやないよ、数は減るかもしれんけど……すぐに戻ってくるわ。少なくとも、うちは まだ ファンやしなーこんなん輝晃くんしかせぇへんわ』
けらけらと面白がって、小槙を元気づける。
「……輝くんらしいのは、らしいけど」
『そうそう。まあ、しばらくは落ち着かんかもしれんけど負けたらアカンでー』
カナコとの通話を切って、小槙はあらためて出かける用意をした。もともと、今日は輝晃と会う約束をしていた。
親への挨拶の時もそうだったが、輝晃には小槙に何も伝えずに強行する悪い癖がある。勿論。彼からすれば臆病な小槙を逃がさないための常套手段なのだが……彼女には納得いかなかった。
「問い詰めたるねん、今日という今日は……はっきり言ったんねん!」
二人にとって、大事なことなのに相談もないなんて――さみしすぎる。
(輝晃くん……)
玄関扉の取っ手を握る手に力をこめて、ゆっくりと廻した。
昼になっても、小槙はやって来なかった。
輝晃の住むマンションでいつもの逢瀬。特に時間の約束はしていないが……気になった。
「連絡してみるか……」
と、思ったとき、不意に鳴った携帯に輝晃はすぐさま手にとって、落胆する。
「なんや、野田さんか」
ぼやきながら、通話のボタンを押す。
『 ヒカル? 』
「そう。なに? 今日はオフじゃなかったっけ?」
『……ええ。そうなんですが』
歯切れの悪い有能なマネージャーに、輝晃の片眉が不機嫌にピクリと上がった。嫌な予感がする。
「なんか、あった?」
『ええ、社長が動きました。仁道弁護士を誘って、都内のホテルに招待したとのことです……が、仁道弁護士の同意を得ているかは疑問ですね。彼女と一緒に ヒカル と話がしたいと――社長が 貴方 をお呼びです』
話はした。
しかし、それは輝晃の一方的なものだった。事務所側が輝晃と小槙との交際に関して、あまり好意的でないのは自覚している。
社長室のソファに座って対面した彼の雇い主は、幾度かの「やらせ報道」をネタに輝晃が凄むと、渋々交際の公表を許諾した。
とりあえず、「交際」の公表は仕方ないだろうと。
「結婚の件か?」
『おそらく』
「わかった、行く。そこに小槙がいるなら、なおさらや」
野田から、指定されたホテルの名前を聞いて通話を切り、輝晃は苛立ちを静めようとリビングのソファに座り、迎えの車が到着するのを待った。
「――あの、くそタヌキ」
輝晃は静かに拳〔こぶし〕と手のひらを合わせ、乱暴にテーブルを蹴り上げる。ガタン、と響いた激しい音にじゃれついていた子猫がビクリと主人を仰いだ。
>>>つづきます。
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