結婚式場のロビーから少し外れたエアポケットで、セミロングのまっすぐな黒髪という真面目そうな女性が携帯に向かって話していた。
怒った表情、でも少し悲しそうな目で電話の相手に言っている。
「今は会いとうないって言ってるやろ。電話もせんといて、ちょっと立てこんでるねん……悪いけど、もう切るね」
ピッ、と通話を切ると、彼女はそのまま携帯の電源を落とした。
学生の頃は、長い黒髪をおさげにして、眼鏡をしていた仁道小槙〔にどう こまき〕。
おやおや、とそんな彼女の めずらしい 強いケンカ腰の口調に坂上学〔さかがみ まなぶ〕はロビーの片隅の壁越しに眉を上げた。
〜 プロローグ 〜
高校時代の生徒会役員で一緒だった、平木麻奈美〔ひらき まなみ〕が結婚するということで、その結婚式に招待された。そして、その会場で小槙は懐かしい人に会う。
坂上学、小槙が生徒会役員をしていた頃の 生徒会長 だった。
彼は、ロビーでのんびりと座って、彼女の存在をかなり前から見ていたらしく「来い来い」と手招きで呼んだ。
「お久しぶりです、会長」
ぺこり、と小槙が頭を下げると彼は苦笑した。
「変わらないね、君は。小槙君」
小槙に対面のソファを勧めると、学は何でもないことのように切り出した。
「いや、変わったこともあるんかな? 恋人がいるようだしねえ」
「こ、恋?!」
思わず、大きな声で言ってしまい、小槙は慌てて周囲を見渡した。
「な、なんでそないなこと……」
声をひそめて、対座する先輩を恨めしそうに見る。
学は、笑いを堪えて彼女を見返した。
「盗み聞き」
あー、と小槙は諦めた。
「一応、いますけど……もう、あかんかも」
「そのようやな。しかし、何があったんや? まだ、好きなんやろう」
小槙の様子を観察するに、それは確実だと学は感じていた。そして、相手もたぶん電話でコンタクトをとってくる……しかも、熱心に……ところを見ると、未練があるらしい。
「う。まあ……でも、許さへんって言うたのに」
「何を?」
「 浮気 」
ははあ、と学は合点した。小槙の生真面目さを考えると、確かにそれは致命傷かもしれない。
「なに、現場を見たんか?」
「いや、そうやないけど……写真載ってたし」
「写真?」
学が不可解そうに、眉を寄せた。そして、ピンと何かを閃いたのか、頷く。
「なるほど、そう言えば大騒ぎしていたな……週刊誌で。「夜の密会」とか」
サー、と小槙の顔が青くなる。
「会長、何を急に……週刊誌て」
「隠すな隠すな、君のお相手って 彼 やろ? 俳優、八縞ヒカル。――またの名を馳輝晃〔はせ てるあき〕」
報道をされたのは、つい先日だった。
今度の新ドラマで共演するという雑誌のモデルで人気のある、西加賀葵〔にしかが あおい〕とツーショットでキスをしている写真が出た。
周囲の画像は悪かったが、確かに彼と彼女だということは分かる。
写真が出てすぐに、「誤解や」と彼から電話があったが……「知らん」と小槙は突っぱねた。
それからも、たびたび弁解の電話がかかってきた「会って、話したい」と彼は言うが、素直に応じることができない。
(会って、何を話しする言うん?)
週刊誌や、テレビの報道で繰り返される写真の映像に、弁解の余地なんかあるのだろうか。
「どうせ、別れ話なんやから、会いとうない」
「可哀想に」
「会長……」
うるうる、となった小槙は学の同情の言葉に涙腺がゆるんだ。
「ああ、いや……小槙君やなくてな。彼が可哀想って意味やけど」
「……輝くんが。なんで?」
傷ついた彼女の潤んだ目に責められ、学はやれやれと肩をすくめた。
「小槙君は、彼の言葉よりも週刊誌を信じるのかい?」
それなら、確かに別れた方がいいだろうな、と学は思った。
「僕がどうして、すぐに小槙君の相手が 彼 だとわかったと思う?」
呆然と首を横にふる小槙へ、彼は生徒会長の頃と同じように優しく彼女の頭を撫でる。
「馳君が君を好きなのは、高校の時から よく 知っていたからね――彼に会って、確かめてみるといい」
「でも」
と、頑なに躊躇う小槙に、彼女の先輩は諭した。
「怖がりな小槙君。報道なんてものは、情報操作されるものなんだよ……それなら、結果がよくても悪くても、自分の 目 で確かめたほうがよっぽどいいと思うけど?」
小槙はコクンと頷いて、ぎこちなく答えた。
「そう……ですね。坂上会長、ありがとうございます」
その笑顔を見て、やはり変わってないなあ……と学は思った。指摘されたことに対して、素直に認め、努力する姿勢は微笑ましい彼女の 美点 だった。
>>>つづきます。
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