「やっぱり、馳くんはウソツキや」
朝、目覚めて開口一番に小槙が輝晃に上目遣いで抗議した。
シーツにくるまった彼女は、そこから出ることができない。全裸であることも理由だが……一番の理由は、動くことができないからだ。
「ごめんって」
笑いながら謝罪する、反省の色が まったく ない彼に、小槙はキッと公判さながらの険しい表情で言った。
「ごめんで済んだら、警察はいらんねん! ゆっくりする言うたやん」
「だーかーらー、悪いと思うてる……俺も、こんなコントロールでけへんとは思わんかったんや」
「……なんやねん。カッコいいと思うて……そんな顔してもあかんで。毎回、こんなんやったらわたしの身がもたへんもん」
ぷい、と顔を背けて、ベッドの色に合わせた深いブルーの枕に埋める。
背中から、輝晃の声が降って彼女の身体を抱きすくめた。
「なに? そんな頻繁にやらせてくれるん?」
「 ! 」
小槙の身体がふるえて、抗った。
「ち、ちゃうっ。都合のいいように解釈せんといてよ、馳くん」
「輝晃やって……あの時しか、呼んでくれへんつもり?」
後ろから小槙の胸の先を摘んで、転がす。
「 やっ! 」
初心な身体は身じろいで、真っ赤になった。
「いやや、やめて。馳くん!」
「名前、呼ばへんかったら朝からやるで。弁護士サン」
カリ、と耳たぶをかじられて小槙は縮こまり、祈りの形で蚊が鳴くように――「輝〔てる〕くん」と呼んだ。
〜 エピローグ 〜
朝から上機嫌の、八縞ヒカルに野田マネージャーは呆れたように言った。
「その分だと、「本願成就」したんですか? ヒカル」
「ふふふん、まあね」
弾みそうな声に、野田はやれやれと肩をすくめた。
「例の「ストーカー」事件……まだ未解決の分がコレだけあるんですが」
言うと、提示する手紙を机の前に並べた。
少なく見積もっても、十数件。
ヒカルは、興味がないとばかりに顔を背けて「もう、いいよ」と退ける。
「小槙には、解決したと思わせといてよ。でないと、またクライアントに逆戻りだ……真面目なんだから」
彼女のそういうトコロも好きだとヒカルの目は言っていて、マネージャーを辟易とさせた。
「はいはい。しかし、ヒカル……いいんですか?」
野田が言わんとしていることを正確に察して、頷く。
「これも、仕事だよ。こういう世界にいれば、多かれ少なかれあることだ」
「……まあ、そうですが」
野田は、そんなヒカルを頼もしく思いながらも、不安になる。
中には、深刻なモノも少なくない。
「小槙に心配はかけたくないんだ……野田さん。代わりに、心配させるけどいいよね」
にっこり、とヒカルが有無を言わさずに微笑んだ。
「ええ、それが 仕事 ですから」
と、野田も笑うしかなかった。
*** ***
「いずみ弁護士事務所」の扉の前で、小槙はしばらく考え続けていた。
昨日、輝晃のせいで欠勤を余儀なくされたのは仕方ないとして……さすがに、あからさますぎた気がする。八縞ヒカルの「ストーカー」問題が片付いた途端だったし、ボスには詳細も報告したあとだった。
つまりは、輝晃と幼馴染だったとかのあれやこれやの内容(多少の情報修正有り)を事務所の人間は知っているかもしれないのだ。
(あかん……そんなん耐えられへん)
「 仁道くん 」
「わっ!」
背後から聞こえた声に、小槙は飛び上がって振り返り……ごつんと派手に後ろの扉に頭をぶつけた。
「たー……、あ、ボス……おはようございますー」
「おはよう」
ぷくく、と思わず口に手をあてて笑いを堪えながら、「いずみ弁護士事務所」のボスは小槙を心配そうに見た。
「体調はよくなったのか?」
「あ。はい、勝手をいたしまして申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です」
「そうか……昨日、彼の方からも電話をもらったよ」
「彼?」
よく分からなくて首をかしげる小槙へ、ボスはにやりと笑った。
「八縞ヒカルくん、だよ。元・クライアントのね」
「……えーっと、どういった内容の電話だったんですか?」
なんか、妙に気恥ずかしくって頬が熱くなる。
「案外、真面目なんだね……彼は、君とお付き合いさせていただくとご丁寧に言ってきたけど、本当かい?」
「はい」
小さく頷くと、ポンと頭を撫でられる。
「よかったな、仁道くん」
そして、さらに一言。
「あんまり無茶をさせないように、彼には釘は刺しておいたから安心したまえ」
カッカッカッ、と笑って横を通り過ぎると、ボスは事務所の中へと入った。
(……やっぱり、バレとるし。つーか、馳くん――)
ふたたび閉じられた事務所の扉に、小槙は立ち尽くして「わたしの知らんところで、何しとんねん」と照れ隠しにポツリと「彼」に文句を言った。
>>>おわり。
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