3-結.その後


 賊頭・雅東がいなくなったこと。それに、根城が崩壊したことで「虎北」はほぼ壊滅した。
 どちらかと言うと、賊頭の「喪失」よりは根城の「崩壊」の方が大きな要因だった。
 残った残党も散り散りになって、元の組織的な国家に比べれば微々たる集団に過ぎない。
 もちろん、楽観することはできないが――備える時間くらいは里に生まれた。

「 瑞果〔ズイカ〕 」

 里の周りに巡らせる塀の杭〔くい〕を打っていた少年が、気遣うように幼なじみの少女をうかがった。
 瑞果は辺りからカーン、カーンという活気づいた音が響いてくるのを耳にしながら、笑う。
 そして、
「気になっていることがあるの」
 と、夏朱〔カシュー〕に打ち明けた。
「なに?」
 夏朱は、あの旅の二人の最期を目撃しながら、案外平気そうな彼女に安堵していた。
 樹琳の時は、見るのも憚〔はばか〕るほどに打ちひしがれていただけに……心配していたのだ。
「先生たちは、もしかして最初からこのつもりだったのかな? って」
「………」
 夏朱は彼ら二人の仮宿の整然とした情景を思い出して、首をふる。
「あの二人が死ぬ気だったなんて、思えない」
 確かに、あの匂いさえ残さない去り方は里に「戻らない」意思表示とも思えた。けれど、夏朱にとってそれはただの出立のつもりだったように思える。
「わたしだって先生が死ぬ気だったなんて思ってない。そうじゃなくてね、夏朱」
「 うん 」

「あの雪崩が起こるように仕向けて、死んだように見せたんじゃないかなって」


 カーン、カーンという音が遠く山の麓から響いてくる。
 雪の溶け出したぬかるんだ道を歩きながら、侠は後ろに控える鬱陶しい輩をじっとりとふり返った。
「おい」
「おかしら」
 野太い声の合唱は聞くにたえない……と、侠はカラカラに乾いた喉でうなだれた。
(俺は、頭になるつもりはないんだが)
 先陣の才は、そんな侠をおかしそうに眺めながら言った。
「いいじゃないですか、傷心のお頭には丁度いい時間つぶしだ」
「……どうでもいいが、才。誰が傷心だって?」
 聞き捨てならない、と睨むと、
「違うんですか?」
 と、あっさりとスキンヘッドの彼は目を瞬〔しばた〕かせる。
 さも意外とばかりに。
「あいつらは死んでない」
「でも、思いっきり振られたんでしょ?」
「 ……否定はしないが 」
 憎々しく才を睨みながら、侠は最終的に笑った。
「惚れた女を諦めるつもりはない」
「と、いうより 勝ち逃げ されるのが嫌なだけって気もするんですけど」
 肩をすくめて、才はポツリと呟いた。
 聞こえないフリをして、侠は晴れた青い空を仰ぐ。

「 まあ、派手に暴れてヤツらをおびき寄せるのも手かもな 」


「――まっさかあ!」
 と、瑞果の言葉に少年は信じられないと声を上げた。
「だって、雪崩にあったんだよ? 谷に落ちたとして生きているワケないじゃないか」
 谷の下の滝壺の水温は、真夏でも身を凍らすのに十分だ。
 今の季節ともなれば、落ちただけで発作を起こすのは必定。
「 そう? 」
 夏朱の反応をおおよそ予想していた瑞果はあっさりと引き下がった。
(たぶん、コレが先生たちの望みだったんだろうし)
 死んだと思わせること。
 どうして それ が必要なのかは分からないけれど、そう思わせることが「 目的 」なのだ。

( そうでしょう? 先生 )

「 あ 」
 と、瑞果が奇妙な声を出したので夏朱が怪訝そうに彼女を見た。
「どうした、瑞果?」
 ううん、と首をふって反り返る月山の山肌を見上げた。
「先生、いま笑った?」
 誰にも聞こえない声で里の少女は、問いかけた。



 月山の――峠近くの山道外れた場所に、七つこんもりと盛られた場所がある。
 獣の仕業なのか、何かの墓のようなその場所に……いまは、小さな白い花が咲いていた。



十二.恋う心と雪の空へ。 <・・・ 3-13(幕)

T EXT
 月に棲む獣 目次へ。

 Copyright (C) nao All Rights Reserved