企画2-A.菫さんのプレゼント

■ 「龍の血族」の企画番外です ■
コチラの「菫さんのプレゼント」は、
「龍の血族」のホワイトデー企画番外になります。
バレンタイン企画に続き、ホワイト・デーの一幕……
今回は、菫さんの仕事場オンリーのため、
朱美さんは名前だけの登場です。あら、残念(笑)。

「竜崎さーん」
 竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕は名前を呼ばれて、ふり返る。
 息せきを切って跳ねるようにやってきたのは、今回のファッション・ショーでスタイリストをしている篠響子〔しの きょうこ〕だった。長い髪にシャギーを入れて、おそらくはオレンジのカラーで微妙に色を染めている。
 年齢はまだ、若く20代そこそこ。
 菫の前までやってくると、笑って言った。
「お返し、期待してますからね♪」
「え?」
 突然の話に何のことだか見当がつかない菫は、目を白黒させて首を傾げた。
「何の話?」
 その菫の様子に明らかに響子は、心外そうに顔を曇らせた。
「やだなあ、竜崎さん。それ、マジボケですか?」
「――と、言われても。僕には何のことだかサッパリ分からないしなあ……」
 はて? と、菫は困惑して、その色素の薄い瞳を細める。
「なんかあったっけ? 誕生日とか?? いや、おめでと」
 適当なコトを言って、笑う服飾関連企業『苑〔えん〕』の企画営業担当に響子はむっと唇を尖らせた。どちらかと言うとほっそりとした美人系の顔をしている彼女には、少し似合わない子どもっぽい表情だ。

「もぅ! 違いますって。もうすぐ 14日 でしょう?」
「うん? そうだね」
「って、まだ分からないんですか!? あれだけ貰っておいて!」
「貰っ……? ああ、そうか」
 ようやく合点がいったのか、数度菫は頷いた。
「薄情ですよね〜竜崎さんって! 森さんも菅〔すが〕さんも流〔ながれ〕さんも一〔にのまえ〕さんも誰が竜崎さんのお返しを貰えるか、すっごく楽しみにしてるのに」
「ぷっ、そんなことして「一文字シスターズ」は遊んでるの? 楽しそうだね」
 さもよくできた冗談だ、とばかりに一蹴する菫に、響子はいい加減イライラした。
遊んでません!  竜崎さん、鈍すぎですっ」
 キッ、と睨んで唇を噛むと、プイと菫から離れていく。

 そんな彼女の背中を見ながら、菫は思案した。
(そうだった。そろそろ探さないと、な)
 静かな表情の中に企むような色を添えてフム、と鼻をならす。
 バレンタイン・デーのお返しは、3倍返しと相場が決まっている…… アッチ の方は問題ないとしても、それに持ち込むにはまず「彼女」の納得するプレゼントを用意しなければならないだろう。

 折角の口実を無に帰すワケには、いかないし――。

 と。
 菫は、楽しそうに微笑んだ。


*** ***


 紳士服のイベントではめずらしい子どものモデルが、ショー会場控え室でワサワサと準備をしていた。
 普通のモデルとは違って、母親もそこに加わるため妙に人口密度が高い。
 最終段階に入ったイベントのリハーサルに、総指揮を執る竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕は各担当から受け取ったチェック表に目を通しながら会場の様子を見てまわる。その隣には彼の同期で、よきライバルでもある水野陽平〔みずの ようへい〕が陣中見舞いついでに顔を出して、そのままくっついて戦場視察を楽しんでいた。
「なかなか、盛況じゃないか」
「……うん」
「紳士服にホワイト・デー企画なんて、ナンセンスだってほざいていたタヌキジジィに見せてやりたいね」
「……うん」
 ちらり、と陽平は書類に没頭する菫を眺め、ぽつりと呟く。
「昨日の夕ご飯は、ベイタワーまで『轟〔とどろ〕け秘境! 愛しのガンジス料理』を食べにいったんだ」
「……うん」

「――朱美さんに、今度モデルを頼めないか?」
ダメ
「……なんだ、やっぱり聞こえてるのか」
 ちっ、と大仰に舌打ちをすると、陽平は一寸も目を離さずに最終チェックをする菫へさらに言った。
「一回だけなんだよ〜、しかもメインは子ども服! おまえんとこの息子なんかドンピシャで使いたいんだけどなあ……確か、蒼馬〔そうま〕くんって言ったっけ? あと、赤ちゃんモデルもじつは欲しかったり――」
「ダメだって……」
 書類からようやく目線を上げた菫は、有無を言わせずに同僚を睨む。ただし、本人に睨んでいるという自覚があるかどうかは、微妙だ。
「なんで? おまえは時々やってるだろう? 紳士服のモデル」
「仕方ないだろう? モデル代は高いんだから……削れるところは削らないと」
「そら、見ろ! 親友のことを助けると思って貸せよ。盗りはしないから」
 菫は色素の薄い前髪を揺らすと、ゆっくりと繰り返した。

「ダ・メ・だ」

 頑なな菫の答えに、陽平はため息をつく。
「友達甲斐のないヤツだなぁ……ったく」
「朱美はダメだ。蒼馬と由貴くらいなら貸すけどな」
 冷たかった表情に笑みを戻して、菫はにやりと口の端を上げる。
「いらないか?」
「いる!」
「それは、良かった」
 物静かと称される柔和な微笑みを浮かべると、菫はふたたび書類に目を落とした。

「……しかし、そこまで徹底するってコトは、何か?」
 妙なモンだなあ……と首を傾げて、陽平は続ける。
「朱美さんが嫌がってるのか?」
「いや。たぶん、言ったら嬉々としてやるんじゃないか?」
 言いながら、菫の口元には笑みが浮かぶ。
 その場面が簡単に想像できて笑ってしまった、とでも言うような微笑だった。
「――じゃあ、単におまえが イヤ なんだな」
「まあね」
 しれっ。
 と、ごく普通に菫は口にして、目を細めた。

(それにしても、いいプレゼントっていうのはないモンだな……)
 あれからイロイロと探してはいるのだが、コレ! というモノが見つからない。
 ホワイト・デーのイベント企画は、思いのほか順調に進んでいくというのに、だ。
 参ったなあ……と、ひとつ菫は息を吐いた。


*** ***


 竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕は最終リハーサル直前に、見回りの出発点となった出演モデルの控え室に戻ってきた。チェックの終わった書類を小脇に抱えると、活気づいた中に入る。
 若きスタイリストである篠響子〔しの きょうこ〕が走り回って指示を出していた。そして、その脇では森早奈恵〔もり さなえ〕がじっとしてない男の子に悪戦苦闘している。
 スラリとした男性モデルとちっちゃな女の子モデルが、並んで今回のメインである紳士服と揃いのワンピース姿で立って、針子に微妙な調整を受けていた。
 ザワザワと蠢〔うごめ〕くヒト、ひと、人……。
「――いいな」
 この瞬間が一番、いい……と菫は目をすがめた。一点に向かって、みんなが一つになる、その情熱を肌で感じることができる瞬間――。
「だぁな」
 うんうん、と腕を組んで相槌を打つ水野陽平〔みずの ようへい〕に、菫はふり返った。
「水野。まだ、いたのか?」
 冗談なのか、真剣なのか分からない真面目な顔をして、言う。
「いちゃ、悪いか?」
「というか、邪魔。リハ観ていくなら、会場の端で観てけば?」
 シッシッと手を払うと、明らかに冗談めかして笑う。
「うーわー、ひでー。性格悪いぞ? 竜崎」
 大きな身振り手振りをふまえて、陽平は菫を指差した。
 ズビシ、と指した向こう側へ、ニッと笑いかける。

 陽平が会場へと出て行ったあと。
 リハ前の集合がかけられ、モデルから裏方までが集まった。
「みんな、ご苦労さま。これが最後のリハーサルになるから気を抜かないように。修正もここで最終チェックをしておくように。では――」

 ざわめいていた控え室が、一瞬無音になる。

「チャンスの神様の前髪ひっつかんで、」
「 戦闘開始ーっ! 」
 キャーッ! と轟く声は、菫の声に反応して大きく波打ち、みなが拳をふり上げる。
 バラバラと自らの持ち場に散っていくと……残った菫はふと大きな鏡の前に置かれた一つの透明な瓶に止まる。
「あ、竜崎さん。……どうしたんですか?」
 メイクの早奈恵が嬉しそうに微笑んで、次に小首を傾げた。
「いや。ところでコレは?」
「ソレ、いいですよねー」
 と。
 持ち場に戻る前に通りすがった一〔にのまえ〕つなみが、キャラキャラと笑う。
「菖蒲〔ショウブ〕がメインに使われてて、結構サワヤカだし♪ 名前も印象的でしょー?」
 そう言って、足早に去っていく。
「へぇ、 菖蒲 ねえ?」

 瓶を持ち上げた、菫はその名前に笑った。
『 騎士 −Knight−』
 透明な瓶に透明な液体がとぷん、と揺れた。



fin. ・・・> 菫さんのプレゼント。その後。

T EXT
 龍の血族 目次へ。

 Copyright (C) nao All Rights Reserved