企画1-B.二月の決戦。side 朱美
■ 「龍の血族」の企画番外です ■
コチラの「二月の決戦。side 朱美 」は、
「龍の血族」のバレンタイン企画番外になります。
短編の方では夫婦としてのほほんとしている
朱美〔あけみ〕母さんと菫〔すみれ〕父さんの過去……
高校三年生の頃の話。
バレンタイン企画なのでそういう話です。
――「 ホラ。朱美が着ると、 脱がしたくなる くらいだし 」
( うっひゃあっ?! )
菫のその爆弾発言を朱美は愕然〔がくぜん〕として聞いた。
(制服の話ですか? セイフクのっ!!)
長年の付き合いから、ソレが彼にとって深く意図したものではなく、他愛のない言葉なんだろうということは容易に想像できた……が。それでも、彼女を動揺させるには十分だった。
(どうして、この男〔ひと〕はこういうことを何の衒〔てら〕いもなく言えるんだろう?)
不思議そうに覗〔のぞ〕き込んでくる色素の薄い涼やかな瞳。
なんで、そんなに……。
自分はまだ、照れてしまうから余計に分からない。彼がもちろん好きだけど、――。
「菫さんの前で、 何いうの何いうの何いうのーっ! 」
意識の朦朧〔もうろう〕とした相手を苛立ちとともに容赦なくなじると、朱美はハアハアとあらい息を吐く。
それはそうだ。
全力疾走で駅「アヤトリ人形」前から、駅前広場噴水まで走ってきて、さらにつぐ息もない早口で先ほどの叫びを上げたのでは、そろそろ脳内酸素が不足してもおかしくはない。
しかし、ここは新体操で鍛えただけあって基礎体力は常人ではない。
彼女はすぐに回復すると、小さく「ゴメン」と謝った。
「タカくん、大丈夫?」
あいたたたた、ともんどりうってアピールする彼を半ば呆れて朱美は訊〔き〕いた。
スラリとした長身の彼は、かなり頑丈〔がんじょう〕にできているらしく当初に受けたダメージなどなかったに等しい様子で劇的な上目遣いをしてみせた。
うるうると涙を浮かべてさえいる。
「ひどいよ、朱美姐さん」
「姐さんって、……ヤメテよ!」
それに、不思議そうに宇佐美 孝司〔うさみ たかし〕は首を傾〔かし〕げた。図体はでかいが、そういう表情は朱美よりも少し年下という感じになる。
「なんで?」
「なんでって……私はあんたの姉さんじゃないし。ましてや、極道のなんとかでもないんだからさー」
参ったな〜と手をヒラヒラとふり、朱美は頬を染める。
一通りの自己アピールがすんだと見える、孝司はよっこらしょと若者らしくない掛け声とともに立ち上がる。
「ま、いいけど。俺にとって、姐さんは姐さんだし……で、早由紀〔さゆき〕姉〔ねえ〕から聞いたのってアレ?」
「――あんたたち、姉弟〔きょうだい〕って ホントー に筒抜けね」
彩伊〔さいか〕女学院のクラスメートである宇佐美 早由紀に先日、相談したことがすでに弟に伝わっているらしい。照れればいいのか、怒ればいいのか、感心すればいいのか分からなくて朱美はとりあえず頷〔うなず〕いた。
「ま、そうなんだけどね」
と。
その瞳はめずらしく真剣な影を宿していた。
*** ***
菫さんと出会った年のその日は、すでに通り過ぎていた。
そして、高校に入って初めてのその日は、気合いを入れて作ったはいいが、それで満足してしまい渡すのを忘れた。
去年は、前の失敗を教訓に前々から準備し、常に鞄の中にそれを潜ませていたが……彼の顔を見ると、なぜか照れて渡せなかった。
「――で、コレが今年の ブツ なのよ」と。
朱美が自分の鞄から取り出したのは、すでに可愛く……青に黄色の細かい水玉が入った包装紙に、赤地に金糸のアクセントのあるリボンという……ラッピングを施〔ほどこ〕されたバレンタイン・チョコ。
それに不似合いな彼女の顔は、まるで戦闘準備をする兵士のような悲壮感さえ感じさせた。
「可愛いじゃん、大丈夫、上手くいくって!」
孝司が、思いのほか親身になって応援するのを、じっとりと朱美は睨〔にら〕んだ。
「ねえ。その、タカくんの自信はどこからくるの?」
「………」
そのあまりに彼女「らしくない」後ろ向きな言葉に、孝司は(うーわー)と内心のけぞった。
こうなった朱美をどう扱えばいいのか困惑し、途方に暮れた。
*** ***
二月十四日。
いつものように高野山駅「アヤトリ人形」前へ朱美との待ち合わせに向かう菫の手には、すでに学生鞄とは別に紙の手提げ袋が陣取っていた。
「受け取ってください」と言われると「いいよ」と安受けあいをするのが、彼「らしい」ところとは言え、さらにまんざらでもない微笑みをにっこりと返すのは、どうしたものか?
これでは、毎年チョコの数は減るどころか増えるばかりだ。
府立高野山高校が、共学というのも大きな要因のひとつかもしれないが……。
先に「アヤトリ人形」に来ていた朱美が菫に気がつくと、はにかんだように笑って人ごみをかき分けて来る。
「ぅえ?! と……ッ」
彼女の運動神経からして、こういうことはまずありえない。
足をもつれさせると、勢いのままドンと菫の胸にぶつかった。
「たたた」
鼻の頭をさすりつつ、朱美は頬を染める。
「何、やってんの? めずらしいね」
「たはは、ごめんなさい。ちょっと緊張してて」
「――!」
顔を上げて、朱美はびっくりした。
彼の胸をさすっていた右手を彼の左手に取られると……抱き寄せられる。
「 緊張 って?」
色素の薄い瞳が目の前にあって、その瞳の色にうっとりとなる。
(あの時とおんなじだけど……少し、ちがう)
「好き」
口が自然に動いて、言った。
「好きよ、菫さん」
さらに、「大好き」と囁〔ささや〕いて笑った。
「……今日はなんか、あったっけ?」
めずらしい朱美の告白の連呼に、菫がひとつ息を吐きながら朱美の肩に顎〔あご〕を乗せた。
「うん。あ、コレ」
「なに?」
「なにって、チョコよ。チョコ」
菫は眉を上げて、珍品を眺めるようにその小さな箱を見る。ギュゥゥゥ、と朱美の背中に廻〔まわ〕した腕を締める。
「朱美、ヤバイ」
「は?」
「胸がドキドキするんだ」
長男・蒼馬〔そうま〕が、ダイニングのテーブルに突っ伏した。
「――あのあと、菫さんを落ち着けるのに一苦労だったのよ〜。まさか、あんなところで変調が出るなんて思わなくて」
「俺もびっくりした」
頬を紅潮させて楽しげに昔話をする母に、父がこくり、と同意する。 「朱美がチョコをくれるとは思わなかったし、告白もね。それまでが、ほとんどなかったから余計かな?」
「たはは。照れるのよ、かなり。口にしちゃうと案外、気持ちよくて癖になっちゃったけど。愛の囁きって……蒼馬、聞いてる?」
突っ伏したまま、云〔ウン〕とも寸〔スン〕とも言わない息子に、朱美が唇を尖らせる。
「聞いてる」
額をテーブルに埋めて、くぐもった声で蒼馬は答えた。
(本当は、聞きたくないんだけど……)
言っても理解してもらえないだろう、と悟っているだけに口からはため息さえも出なかった。
二月の決戦。side 菫 へ。 <・・・ fin.
|