ビケトリって言うのは3年の美形三人組の事で美形トリオの略だったりするんだけど、三人とも成績優秀でスポーツ万能、おまけに美形ときてるから、とにかく学校中の話題をさらっている存在だったりする。 金髪にグレーの瞳、喧嘩が強くて他校の不良グループからも一目置かれているストイックな雰囲気が魅力の安原響(やすはらひびき)先輩。 漆黒の瞳と癖のある黒髪、太陽のような眩しい笑顔で女の子を魅了するフェミニストの副会長高端暁(たかはたさとる)先輩。 紫がかった黒髪に銀のフレームの眼鏡をかけたクールビューティの異名を持つ美形生徒会長、佐々木龍也(ささきたつや)先輩。 そして、この龍也先輩がなぜかあたし、蓮見聖良(はすみせいら)の彼だったりする 全国模試で常に不動のトップにいるという本校始まって以来の秀才の彼は、常に冷静沈着、頭脳明晰スポーツ万能。歴代でも最優秀と言われている生徒会長で、全校生徒にも先生方にも一目置かれている存在なの。 クールビューティといわれる鉄壁のポーカーフェイスで人を寄せ付けない独特の雰囲気を持っている彼の事はその華やかな業績とは裏腹に謎に包まれていて、写真部でも彼のネタはスクープ扱いされている。
講堂での終業式を終えたあたしは教室へと戻る途中に階段で足を滑らせてしまったの。 …その代わり龍也先輩が腕に怪我をしてしまった。
今では彼のいない世界なんて考えられなくなっている。 いつもは無愛想で人前で滅多に笑顔なんて見せる事の無い彼だけど、あたしの前だけは誰にも見せたくないくらいに綺麗な笑顔を惜しみなく見せてくれる。 彼にとってあたしが特別な存在なんだって思える瞬間で…。 あたしにとって彼の笑顔は何よりの宝物だったりするの。
あなたがいつだって幸せに微笑んでいられるように… あなたがいつまでもあたしの傍にいてくれるように… あたしがあなたを護ってあげたい。 あたしがあなたを心の闇から救ってあげたいの。
それでもやっぱりあなたが大好きで… あなたの傍にいられることが何よりの幸せだと思う。
生徒会室の窓から外を眺めたままぼんやり動こうとしない聖良を後ろから抱きしめて耳元でそっと囁く。 「……っ、聖良?どうした。熱でもある?」 嬉しい筈のこの状況だけど聖良の雰囲気が明らかにいつもと違う事に不安を感じた俺は、聖良の顔を覗き込むように身体を反転させた。 コツン…
その様子がいつもの聖良だったのでホッとして、先程より熱が上がったとしたら自分のせいだな、などどようやく余裕が出てきた自分に思わず苦笑してしまった。 俺って本当に聖良中心に世界が回っていると思う。
こんな些細な事でもいちいち動揺している俺の姿を普段の俺しか知らない奴には想像も出来ないだろう。 「どうした聖良。具合でも悪いのか?」 柔らかな髪を剥く様に手を滑らせて、そのまま朱に染まった頬に手を添えると火照った熱が指に伝わりそこから鼓動までが伝わってきそうだった。 こんな些細な事が心から愛しい。 「ううん。ただちょっと色々と思い出していたんです。」 「何を?」 「あたし達が出逢ってから今日までの事。あたし先輩に怪我をさせてしまって生徒会の仕事を手伝い始めた時は、先輩に嫌われていると思っていたし、こんな風に今一緒にいることになるなんて思いもしなかったなって。」 聖良の台詞に思わず頬が緩む。 聖良に逢うまでは女に興味なんて無かったし、自分が誰かを好きになるなんて事はありえないとすら思っていた。 だから女の子に告白をするなんて考えた事も無くて、ただ聖良を自分の傍においておきたい一心で怪我がなかなか治らないと嘘をついてしまった。
それまで女に欠片も興味の無かった俺の頭には『好きな娘に告白をして交際を申し込む』という当たり前の恋愛マニュアルすらインプットされていなかったのだから。
意外な言葉に驚いていると、上目づかいで睨むように俺を見上げてくる。 「だって先輩、イジワルばっかりしたじゃないですか。」 「イジワル?」 「慣れない生徒会の仕事手伝ってフラフラなのに、毎日あんなに難しい数学の問題出して…先輩はあたしが嫌いだからイジワルしているんだと思ってました。」 「それは聖良が数学苦手だって言ったから親切で教えてやったんじゃないか。おかげで夏休み明けの小テストで担任が驚いてたんだろう?」 「…それはそうですけど…あの時は本当に怖かったんですもん。つめた〜い声で『ほらココ違ってる』…ってバシバシ突っこんでくるし。」 「あははっ、そうだっけ?」 「そうですよ。そう言えばあの時先輩が選んだ問題を全部解けたらご褒美をくれるとか言っていましたよね?結局一度も全問正解できなかったからご褒美はもらえなかったけど…何をくれるつもりだったんですか?」 「あぁ…あれね。俺の彼女になる権利をやるって言おうと思っていた。」 「……すごい俺様な発言。あたしが断ったらどうするつもりだったんですか?」 「俺が断らせたと思う?それに全問正解しなくてもご褒美はもらえたじゃないか。」 「クスッ…そうですね。」
微笑む聖良の天使のような笑顔に一瞬で心を奪われる。 …フワリと香る聖良の甘く優しい香りに心が癒される。 甘い香り 天使の微笑み 真っ直ぐに俺を見つめる澄んだ瞳 全てが愛しくて、彼女の全てを誰にも見せたくないと思ってしまう。 聖良がいないと永遠に太陽が昇らない闇の中にいる気分になってしまう。
俺が翻弄されるなんて…こんなハズじゃなかったのにな。
「え?…ダメって…。」
声に出したつもりは無かったけど、無意識に呟いていたらしい。 「あ…誤解するなよ?俺は聖良がいないともうダメなんだなって思っただけで…。」 「…本当に?」
聖良の声しか聞こえなくなる。 この世界に聖良しか存在しなくなってしまう。
ギュ…と強く抱きしめ、白く細い首筋に唇を押し当ててそこから想いが伝わる様にと願いをかける。 どうか彼女も同じ気持ちで俺を想ってくれます様に…と。
「そんな事…。あたしずっと思っていたんです。どうしてあたしだったのかなって…。」 俺を抱きしめ返す聖良の細い腕の感触に心臓がギュッと掴まれた様に痛くなり、それから暴走するようにバクバクと高鳴り始めた。 「先輩ならどんな素敵な女性でも選べるのに…。あたしなんて平凡で、特にとりえだって無いのに先輩にそんな風に言われると買いかぶりすぎだなって思いますよ。あたしは何もしていないし、何もしてあげていない。ただ、傍にいて抱きしめてあげたいって思うだけで…。」
決して失わないようにと激しく奪うように 決して壊さないようにと優しく包むように
30秒なのか30分なのか…そんなことすらどうでも良くなってしまう。
このままずっと抱きしめられていたい。そんな霞みの掛かった意識の中、徐々に深いものから優しく啄むようなキスに変えると先輩はゆっくりと唇を離した。 「…傍にいて抱きしめてくれる、それだけで良いんだ。聖良がいてくれるだけで俺は強くなれる。」
身体に直接響いてくる声が、彼の気持ちの深さのようで胸が締め付けられるように苦しくなる。
あたしは龍也先輩の背中に腕を回すと、ギュッと強く抱きしめた。 「傍にいます…。ずっと…龍也先輩がいない世界なんてあたしにはもう考えられないから…。」 「聖良が嫌だって言っても絶対に離してやらないから。聖良の永久就職先は『佐々木聖良』に決まっているんだからな。転職なんて絶対に考えるなよ。」
先程より余裕のある先輩の声にホッとする。 「クスッ…どうしようかなぁ。高待遇、期待しちゃっても良いですか?」 「ああいいぞ。毎晩イヤって言うほど愛してやるから覚悟しておけよ。」 それまでクスクスと笑っていたけれど、その台詞に一瞬ピクリと身体が反応した。顔も笑顔のまま凍りついているような気がする。 「あ…の…そう言うのは高待遇でなくてもいいんですが…。」 毎晩……っていうのは体力が持たないと思います。 「高待遇が良いって言ったのは聖良じゃないか。遠慮するなよ。」
見る見るうちに頬から耳まで赤くなり、首までほんのりとピンク色に染まり始めるのがわかる。 「あはははっ…聖良真っ赤だな。本当に熱が出たら困るから待遇についてはそのうちゆっくり交渉しような。」
その言葉にからかわれたのだと悟りほっとする。 「…もう…あたしをからかって遊ぶのもいい加減にして下さいね。心臓に悪いですよ。」 「わかったよ、悪かったって。もうからかわないよ。」
そう言うと抱きしめた腕を緩めて、あたしの左手を取ると、薬指にそっとキスを落とした。
先輩の切ない声と告白に、高鳴る胸の鼓動は益々五月蝿くなっていく。 「龍也先輩…。」 「今はまだ、指輪も買えないけれど…何時かきっとこの指に相応しいリングを用意するから…待っていてくれよな。」
龍也先輩は誰にも見せたくない、とても優しい笑顔であたしを見つめていた。
「…ああ、繋がっているさ。例え途中で絡まっても、絶対に手繰り寄せて見せるさ。」 「絡まっても?」 「そう、どんな障害があって聖良との仲を邪魔される事になっても、俺はきっと乗り越えて見せる自信があるよ。俺達は出逢うべくして出逢ったんだ。だから絶対に離れたり出来ないんだよ。」 強い意志を秘めた瞳で先輩があたしを見つめてくる。 『絶対にあたしを手放したりしない』と…その瞳が語りかけてくる。 うん、そうだね。きっと幸せになろうね。
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