明梨から届いたメールを目覚まし代わりに俺は起き上がった。
『あけおめーことよろ♪
すごいね、砌、新年早々メールくれるなんて律儀だ。
寝てたからすぐに返せなくてごめんね、マイダーリン。
10時に迎えが来るのを待ってるからよろしくお願いします』
朝食を食べ終わると返信を打つ。
『おはよう。10時に迎えに行く。ちゃんと準備して待ってろよ』
すぐに届く返信。
『了解!』
一言だけのあっさり味のメール。
明梨が長文のメールをくれることは滅多にない。
普段、喋る分、機会文字には頼らない主義なのだろうか。
長いのは新年の挨拶メールだけだ。
いつも俺の方が長い文章のメールなのだが、短い中に
凄まじいインパクトをくれる明梨には一生、勝てないだろう。
うだうだ色々やってたら、10分程経過していた。
コートを羽織って、部屋から出る。
階段から滑るように下りて、郵便受けに届いているだろう年賀状を
取りに行こうとしたら、案の定、母・翠が、真顔で年賀状を手にしていた。
「はい、あなたの分」
数枚程度でも、飛び切り嬉しい。
新年最初だからな。
メールと年賀状両方くれた奴だっている。
「じいちゃん、達筆だよな」
「さすがに宛名しか手描きはできないから、本人的に悔しいらしいわよ」
「忙しいししょうがないよ。こうやって丁寧に毎年くれるだけでどれだけ有り難いか」
言いながら階段を駆け上がる。
適当に年賀状をチェックする。
ぬいぐるみの写真に、カラーペンで賑やかな文字が描かれている。
部屋で何度も見たことあるんですが……。
「……干支的には間違ってないよな」
忍の年賀状は、手作りスタンプを押され、その下に二言、三言添えられている。
『今年も砌らしく、全開に頑張れや。心のアニキこと忍さんより』
「誰が心のアニキだ」
デスクの引き出しに年賀状を仕舞って、部屋を出る。
靴を履き玄関の扉を開けて、今年初めて触れる外気を思いっきり吸った。
ボンネットに被せていたカバーを外して、カーポートの支柱にかけると車に乗り込む。
ルームミラーを調節する。うん、前乗った時のままずれてない。
シートも動いていないな。って馬鹿だろ。俺しか乗ってねーよ。
自分で突っ込んで、ギアを入れた。
今年の目標、落ち着きを持つこと。
情けなっ!
耳あてが若干幼稚なことは分かっている。
人に言われなくても重々承知。
だけどこれも私の個性なのよ。
色が白な分マシでしょ。
耳あてとか言うからよくないんだ。イヤーマフラーって言えばいいの。
よく分からない理屈をこねながら砌が来るのを今か今かと待ち受ける。
年賀状のこと何か言われるかなー。ま、今年は大丈夫でしょ。
誤字脱字もないしね!
元旦に着くよう早めに出したけどその辺は焦ってミスしてないの。
住宅街の角から入ってくるブラックの○ビックが目に入ったので
ぶんぶんと手を振った。気づいてもらえなきゃ困るもんね。
スピードを落とした車がやがて停車する。
窓から顔を覘けた砌は、
「そんなにオーバーアクションじゃなくても分かるから」
と笑いを堪えていた。
「そう?」
「うん。いいから早く乗れって。寒いだろ」
後部座席のドアが開けられると、意気揚々と滑り込む。
「明梨、年賀状なんだけど」
「何か変だった? 」
「サンキュ」
照れたように顔を赤くした砌。
そんなに喜んでもらえたら本望だよ。
「毎年、部屋のぬいぐるみの写真ってどうなんだ」
「ちゃんと干支じゃん」
「明梨の部屋でしょっちゅう見てるんですけど」
「細かいことは気にしなーい。ほら、重要なのは書いてあることだから」
「確かに真面目なこと書いてたな」
口にすると照れくさいし、今から離れるのを実感するから 絶対言えない。
4月から別々の大学に通う。
私の方が遠くに行くから、今より会える時間が減る。
「真面目だもの」
「砌の年賀状、手描きだよね。毎年すごいよ。意外な特技だ」
「意外かな」
「だって、筆ペンじゃなくて本当の筆でしょう。あれ、プロの技だよ」
「プロっ!? じいちゃんに昔、書道教えてもらってただけ」
かあっと顔を赤くした砌はやっぱり今年もかわかっこいい。
車が動き出した途端に会話が途切れる。
代わりに流れ出した音楽をに合わせて歌い出す。
歌手と砌と私の三重奏でとっても賑やか
空いた道を探しながら、神社を目指す。
着いたのは11時ちょうど。
駐車場に車を置いて歩き出す。
何も言わず差し出された手に自分の手を重ねると自然と笑顔になる。
歩くの遅い私に歩幅を同じにして歩いてくれてるってこと、知ってるんだ。
列に並び、自分たちの番が回って来た時、ずっと頭に思い浮かんでいた
言葉を心で唱える。二礼二拍手一礼をしながら。
『喧嘩をしたっていい。ずっと二人でいられますように』
ありふれた願いだけれど、私にとっては大切な想い。
それから、出店を回って定番の物を食べたり、クリスマス振りに
あの素敵な人達と会っちゃったり、結構貴重な一日だった。
おっと、まだ元旦は終ってませんでした。
コンビニで飲み物を買って、砌の車の中で二人きりの時間を過ごしている。
一応元旦早々だし、どちらの家に行くのもよくないということで今日は早めに
バイバイをすることにした。
お互いに缶と缶を合わせてから傾ける。
じんわりと心の底まで温まっていく。
「おいしー」
「ほっとするかも」
そうだ。あんまり暖房つけたまま車にいたらバッテリーが上がるじゃん。
変な部分を気にしてみたり。
言うと雰囲気壊れるか。じゃあ止めとこう。
かたん。ドリンクホルダーに缶を置く。
ほわっと甘い匂いとコーヒーの匂いが広がった。
「今年は先にメール送ろうと思ってたのに、また無理だった。
目茶苦茶悔しい」
「砌、マメだもんねえ」
「&負けず嫌い」
「ははは!そうだったそうだった」
「年賀状送ったからいいかって考えた辺り駄目だよな」
「メールは私が送りたくて送ってるんだから」
気にするほどのことでもないでしょ。
「来年は気をつける」
離れる分、どちらか一つなんてできない。
ちょっとでも相手と繋がってること感じたいから。
「うん、そうだね」
缶の中身を飲み干してドリンクホルダーに戻す。
砌がせつない眼差しで私を見つめていた。
そんな目で見られたら胸がきゅんとするからダメだよ……。
重ねていた両手が、すぐに解かれ、代わりに砌の手の平が重なる。
大きな手。私を包み込んでくれるもの。
肩をシートに縫い止められ、そのまま影が覆い被さってくる。
柔らかく触れ合った唇。
コーヒーと、ミルクココアの味が溶けたのを感じた。
ゆっくりと交わされる口づけが終わり、唇が離れた時、
見つめられていた時よりもずっと胸がきゅんと疼く。
感じた奇妙な切なさなんてあっという間に吹き飛ばしてくれるのは、
包み込んだ腕。普段はたくましいとか感じないけど、
私なんてすっぽり腕の中に閉じ込めてしまえるほど広かったりするから驚く。
「大好きだよ」
「何回呟いても全然足りないくらい好きだ」
背中に腕を回して縋った。
ファーの着いたフードに指先が触れる。
抱きしめ合っていると、時なんて止まってしまって
ここが車の中だってことも忘れかける。
現実に帰ってみればちゃんと時間は動いていて、
途端に別れ難くなる。
車から降りる時、視線を交わして頷いても
わがまま言うつもりないのに、ジャケットの裾をぎゅっと掴んでしまう。
「明梨」
「うん」
砌は絶対困った顔をしない。
優しく髪を撫でて促すのだ。
そんな時、存在の大きさを感じる。
「メールする」
「私も即行で返す。ただし、お風呂の時は無理だけど」
「俺もそれは無理だな」
真顔で言う砌。
手を離して車から降りる。
別れ際に繰り返してる会話は毎回ほぼ同じなんだけど不思議と言い飽きない。
「じゃあね」
「ああ、転ぶなよ」
「家の前だよ」
「家の中で転ぶかもしれないだろ」
「もう、信用ないなあ」
笑うと、砌も笑いながら、
「いや、本当は抜けてるのは俺の方だって知ってるよ」
なんて言うんだ。
「ふふ……。きりがないからまた続きは後でね」
「おう」
窓が閉まる瞬間、小さく手を振ってくれた。
私も大げさなくらい手を振り返す。
車が見えなくなるまで、見送っていた。
いつだって別れる間際は、名残惜しい。
なるべくならくっついてたいなって会う度に思う。
大好きの度合いは、どんどん膨らんでパンクしちゃいそうな位。
「ただいまー」
ブーツキーパーを入れておいて二階の部屋へと上がる。
結局砌からのメールが来る前に待ちきれなくて携帯に触れている自分。
彼が家に帰った瞬間に携帯を見てくれることを願って。
「ただいま」
一応帰ったことを知らせておいて二階に上がる。
直、夕食に降りるんだからいい。
今は早く携帯を覗きたい。
自分の部屋に戻ると扉に凭れたまま携帯を開いた。
『砌、お疲れ様。今日はありがとう。楽しかったよ』
この一言をもらえるだけでどれだけ、安堵するか
嬉しいか自分自身計り知れないくらいだ。
弾む心で返事を打つ。
『お疲れ様なんて言ってもらっといて申し訳ないんだけど
ちっとも疲れてないんだ。それくらい楽しかったから。
来年も絶対一緒に初詣行こうな』
一人だったら絶対行かないはずだ。
願掛けなんて、馬鹿らしいと思ってるし。
初詣は二人にとってかかせない儀式。
そこから新年が始まる。
fin.
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