レイドイーグの耳元で、サリーヌがくすくすと笑った。
明かりの絞られた部屋の中は薄暗く、閉めきった扉の向こうでは軽やかな舞踏曲が奏でられているのがかすかに耳に届く。
「何か、おかしいか?」
レイドイーグが訊くと、彼女が「おかしいわ」と肯定した。
「貴方が結婚するなんて……思わなかった。双子の姫というのが、らしいと言えばらしいけれど……一人に決めるなんてらしくないじゃない?」
どうせ、いつものふざけたお遊びなんでしょ? と言わんばかりの彼女は、レイドイーグが結婚したことを知っているにも関わらず、唇を寄せてきた。
「確かにな」
答えて、その唇をかわして首筋にキスをした。
(早く、来い)
と、その位置からよく見える扉を見据えて、口の端を上げる。
( ツゥエミール )
舞踏曲が一際鮮明に耳に届いた。
小さく開いた扉から、一条の光が差してすぐに止まる。その影と目が会って、さらにレイドイーグの笑みは深まった。
「陛下?」
不満そうにサリーヌが呼んで、レイドイーグは物欲しそうな彼女の唇にキスをしてやった。やや濃厚に重ねると、扉の向こうの影はあっという間に遠のいた。
開いたままの扉に、目を細める。
唇を離すと、彼の体に腕を廻したサリーヌが首筋に吸いついてくる。テーブルに腰掛けた皇帝の足に自らの足を引っ掛けて、彼の礼服に手を伸ばした。
ドレスの幾重にも重ねられた布の下で、彼女の足を撫でながら……レイドイーグの興味は、ほぼ彼女から離れて別のところにあった。
あとは――。
「皇帝陛下」
少し開いた扉の向こうで、内務卿の声がする。
「そちらにいらっしゃいますか?」
「ああ」
サリーヌはレイドイーグから離れると、すぐに身支度を整えた。手馴れたものだと、感心する。
「いま、よろしいでしょうか?」
「構うな、入れ」
命令すると、扉が開かれ部屋の中に光が満ちる。
暴かれた部屋にサリーヌは留まり続けるワケにはいかず、内務卿を空恐ろしいほどの形相で睨みつけて立ち去った。
「何か、あったか?」
「陛下……」
そ知らぬ風情の眩い金髪に澄んだ青の瞳の冷酷な彼に内務卿は頭を振り、告げる。
「先程、第二妃殿下とすれ違いまして……寝室に戻ると仰せられましたゆえ、ご報告に」
ほう、と青い瞳がひどく冴えて、先を促す。
「ツェムが?」
「左様です。ひどくうろたえられておりましたのが 少々 気になりましてね。何か、ございましたか?」
「――いや」
くっ、と喉の奥で笑いをこらえている皇帝に、内務卿はおおよその見当がついているのか苦々しく進言した。
「あまり、妃殿下をお苛めになさいませんよう……」
「わかっている」
あまり反省はしていない様子で彼は内務卿を伺い、「愛ゆえだ」とニヤリと笑った。
(左様でしょうとも……)
と、項垂れ、ため息をついた。
愛ゆえに無造作にあてつけるなど、少し前までの王には考えられなかった。ただでさえ内外に敵が多いというのに、男女のいざこざの火消しにまで奔走させられようとは。
いや、別の意味で奔走させられることは以前からあったのだが――。
「どこに行かれます? 陛下」
部屋から出て行こうとする皇帝に、問うと彼は当然のように答えた。
「寝室に。今夜は戻らぬから、あとは適当に終わらせろ」
「……御意に」
一人の女性に決まれば少しは仕事が少なくなると喜んでいたが、そう 簡単 ではないらしい。
*** ***
イフリア皇帝、レイドイーグ・エトル・ゼス・イフリアの主催で催された宴に出席していた、第二妃ツゥエミール・ラ・ストリミアは早々に場を辞して、寝室で嗚咽を洩らした。
どうして? と悲しくなる。
彼が自分に見せるためにあの女性にキスをしたのは、解かっているのに……以前に、『見てない場所ではしてない』とも告げられているのに……それでも、あんな生々しい場面に遭遇すると胸が張り裂けそうだった。
寝室の扉が開いて、暗い中に人影が浮かんだ。
「ツェム」
呼びかけられて、床に座りこみ寝台に顔を押しつけていたツゥエミールは慌てて涙を拭い、立ち上がる。
できるだけ遠く、彼に顔を見られないようにしなければ……たぶん、泣いていたことはバレているだろうけれど。
「レイド……ッあっ!」
月明かりから逃げようと体を動かした彼女の腕を彼は取り、容赦なく顎を取ってその顔を上向かせた。
涙のあとが残る、痛々しい表情。
灰色に近い鈍い色の銀髪と、深くはあるがくすんだ青の瞳の地味な姿が月明かりに浮かぶ。
神々しいまでの彼とは、まるで吊り合わない。
(そんなことは、本当に以前から解かっていたことだけど……)
この皇帝には、綺麗な女性がたくさん、そばにいる。その最たる存在が、ツゥエミールの劣等感を育てた双子の姉であり、現在はレイドイーグの正妻であるルーヴェだった。
ほろほろと涙を流すツゥエミールを窓辺にもってきて、レイドイーグはその涙を拭った。
「泣くくらいなら 私に 他の女にも優しくしろ、などと言うな」
「あなたには、解からないんです……彼女たちがどんなにあなたを想っているか……だから」
「だから、我慢するというのか? こんなふうに泣いても」
窓と薄い白のカーテンに押しつけて、唇を合わせる。
彼女の身につけていたドレスをいとも簡単にスルスルと剥いで、下着姿にすると下肢のそれをすべて取り除いてしまう。
「あ……いや、レイド」
割れ目を彼の逞しい指がなぞって、溶け始めた場所を抉る。
「こんなになっているのに、他の女を気遣うのか? 大した女だ、おまえは。ツェム、俺にはおまえさえいればいい」
「嘘、です。あなたにわたしだけなんて……似合わない」
「ハッ!」
レイドイーグは笑うしかなかった。
頑なに首を振るツゥエミールを指で翻弄し、胸を露にさせて起きあがった実に歯を立てる。
「……ッ!」
レイドイーグの髪をツゥエミールの手がまさぐって、抱きしめる。
「レイ……」
熱く息をついて、彼を呼ぶ。
「似合う似合わないは、私が決める。おまえはそれに従うだけでいい」
胸から鳩尾、臍から下腹部に彼の唇がすべって、ツゥエミールの脚を開かせ艶かしいそこに指と舌を挿れた。
蜜壺から蜜と唾液が滴り、あられもない声が響く。
「――あ……好き、すき……愛、しているの。レイド」
ベッドで抱き合い、ようやく彼女は口にした。
「 おねがい、です。わたしだけ……愛して、ください 」
「それで、いい」
「 ぁんッ! 」
望んでいたものに貫かれた快感に震え、時間をかけて苛め抜かれたツゥエミールはあっさりと意識を失った。
サラリ、と彼女の鈍い銀髪を手にとって、指をすべらせる。
レイドイーグにとって、ツゥエミールのような女性はめずらしかった。
嫉妬をされたい、と願うのも彼女だからこそ――他の女ならば、とっくに飽いているだろう。
「私が甘く囁いてつけ上がらないのは、おまえくらいだろうな? ツェム」
もっと、つけ上がってもいいものを……少しも理解していないところが、彼女らしい。
「私はずっと、おまえだけを愛している」
レイドイーグは、ツゥエミールのふっくらとした頬に指を添えて額を合わせ、彼女をしっかりと腕に閉じこめた。
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