玉座に座るレイドイーグ皇帝の、その言葉を聞いたとき……大臣卿たちは一斉に青くなった。
特に青くなったのは、外務卿。
「恐れながら、皇帝陛下……それは、難しゅうございます」
「いいや、難しくはないはずだ。ツゥエミールの了解は得ている。ルーヴェにも報告している。儀式は秘密裏に行う。明日には準備が整うだろう」
皇帝の考えつく無理難題はいつものことだが、今回のコレに関しては大臣卿も困惑するしかなかった。
まさか、あの皇帝が――一人の女性に執着しようとは思わなかった。
しかも。
「ストリミアの王がどう思われるか。ルーヴェ姫を正妃に迎えて、まだ一日も経っていないというのに……その妹君を、第二妃に迎えるというのはあまりに、外聞が悪ぅございます」
外務卿の至極正論な訴えに、さも面白くないとレイドイーグは鼻を鳴らした。
「外聞か、そんなものは何とでもなる。あるいは、今婚儀をあげておかないと私としても都合が悪いんだ。分かるか?」
大臣卿は、皇帝の意地の悪い微笑みに顔を見合わせ、イヤーな予感に首をふった。
勿論、分からないワケがない。この 皇帝 とそれほど浅い付き合いではないし、まして過大評価も過小評価も必要なかった。
レイドイーグは、まさしく王になるために生まれた逸材なのだから。
「放っておくと、ツゥエミールを孕ませることになりかねない。婚姻関係にない他国の……しかも、正妃の妹姫を孕ませたとなったら、さらに外聞が悪かろう?」
美しき悪魔の微笑は、サラリとそんなことを 当たり前 のように口にする。
彼、特有のひどく身勝手な論拠が、至極まともな説得力を帯びる。
「陛下!」
と、良識派の内務卿が顔を真っ赤にして進言した。
「まさか、もう 関係 を持たれたわけではないでしょうね?!」
手が早く、良識のない御君のこと……答えに、期待はしていなかった。
が。
その反応がおかしかったのか、あるいは何かを思い出したのかレイドイーグはくっくっくっと笑いをかみ殺して、首をふった。
「いや、それはない。残念だが」
「 はっ?! 」
なんとも、意外な皇帝の 健全な 答えに内務卿ではない大臣卿たちまでもが素っ頓狂な声を上げて、次に口々に疑問を投げかける。
「……陛下。それは、本当ですか?」
「まさか、そんなことが」
「まったく、信じられない」
玉座を仰いで、呆然とその像を映した。
「 貴方ほどの方が、手を出さずにおられるとは……嘘でしょう? 」
などと不敬罪も甚だしい物言いに、レイドイーグは大臣卿を見下ろして肘掛に腕をかけ、頬杖をつく。
「こんなことに嘘をついても仕方ないだろう。だから、婚儀を早く終えてしまいたいんだ。私は」
「陛下らしくもない。そのような 儀式 にこだわるような方ではなかった、と思っておりましたが」
呆気にとられる大臣卿へレイドイーグはニヤリ、と口の端を上げると、目を細めた。
「奇遇だな――私もそう思っていた」
*** ***
「……やっ!」
婚儀を明日に控えた夜。
ツゥエミールは寝台の上で、 いつものように 抗った。
まくり上げられるドレスを押さえて、上気する頬を感じながら間に入る男を睨んだ。
「やめてください、陛下」
「どうして?」と、レイドイーグは顔を上げて訊く。
膝を曲げたツゥエミールの足を広げて、その間に入った彼はそこから退〔ひ〕くことをまるで考えていないようだった。
ツゥエミールの導火線に触れている彼の指先が、彼女の身体の熱を上げていく。
発火しそうな初心〔うぶ〕な身体。
それがどういう行為なのか、ツゥエミール本人にはまだ分かっていない。
それがまた、男の欲を駆り立てた。
「いや!」
レイドイーグの動き回る腕を、両腕で押さえてツゥエミールは必死に訴えた。
「お願いです、やめて……陛下」
ツゥエミールの純粋な願いに、レイドイーグは弱い。くっくっくっと笑いながら、じゃあと交換条件を提示してそれを受け入れた。
「陛下ではない、ツェム。レイドと呼べ」
「で、でも……?」
まだ、婚儀も終えていないのに……と、戸惑う姫はくすんだ青の瞳を潤ませて、知らぬ間に男を誘う。
指が動いて、女の身体がビクンと反る。
「俺の指を締めつけるな、ツェム」
「そ、そんなこと言われても……や、動かさないで。抜いてください」
「レイド、と呼べ」
「……レイド」
真っ赤になって口にしたツゥエミールは、中から退く気配のないレイドイーグの指に困惑した。
「あ、あの、レイド?」
「ああ、おまえが押さえつけてるから抜けないんだが」
「 ひゃ! 」
からかうような皇帝のその会心の笑顔に、ツゥエミールはハタと自分の腕を見下ろして……自分の手がドレスを押さえながらレイドイーグの腕を縛りつけていることに初めて気づいた。
本当は、たぶん……意地の悪い男の悪ふざけではあるのだが。
びっくりして飛び退る彼女に、皇帝は笑い転げ――しばらく起き上がることができなかった。
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