王宮のほど近くにあるイフリア国教会の中枢、最高神殿に連れられてきたダフネリアは現姫神子であるアリアナと面会した。
眩い金の長い髪に澄んだ青の瞳の美しい妖精のような容貌は、うら若き乙女のように映るが……ダフネリアの記憶では、姫神子として洗礼を受けてからすでに四十は過ぎているはずだった。
美しい彼女は鮮やかに微笑んでみせると、大司教たちを下がらせた。
「ダフネリア、と言ったか?」
「はい」
ダフネリアは、頭を下げたまま頷いた。
「憂き目にあわせてしまったな、あの者たちを悪く思うな……あれでも必死なのだ」
くすくすと笑うアリアナの声が、彼らのいた時とは趣が違うことにダフネリアは気づいた。清らかなだけではない、感情のある人間の声。
「我が弟がなかなか 娘 を差し出さないものだからな」
と、困ったものだと呟きながら、おかしそうに響く笑い声。
現姫神子アリアナの弟が、現イフリア皇帝のレイドイーグであるのは周知の事実だ。
元来、イフリア国教会の姫神子は皇帝の血族……しかも直系の姫から選ばれる。
「……では、やはりわたしは――」
「姫神子ではない」
アリアナの口から告げられると、ダフネリアはホッとした。
「が。この檻には幻でもそれがいる……分かるか?」
「いいえ」
キッパリ、と否定したダフネリアにアリアナはくつくつと笑った。
「だろうな。わたしにも分からぬ……まあ、そろそろ朽ち果てるだろうて」
うっそりと深い笑みを唇に浮かべて、アリアナはダフネリアを見下ろした。
「 我らは 万能 ではない 」
ダフネリア、と厳〔おごそ〕かに呼びかけて、姫神子は顔を上げるように彼女に促した。母親のように、今日はじめて会った娘を見つめる。
「我らも、そしておまえの 信じる者 も……万能ではないぞ」
「……それでも、わたしは信じたい」
ひたむきな心で呟く少女を、アリアナは見つめた。薄い唇に薄い笑み。「それもよかろう」とさも満足そうに口にする。
「待てるだけ待てばいい。神殿〔ここ〕には、時間〔それ〕だけは溢れるほどにあるからな」
遠く目を細めて、「わたしはそろそろ持て余していたところだ」と低く笑って、ダフネリアに温かい湯と白い神子服を用意させた。
久方ぶりに顔を見た彼女は、国教会の神殿の至高の場所に跪き、教皇の手によって「姫神子」の洗礼を受けていた。
正式な「姫神子」の交代を意味するそれに、参列した貴族のみならず信者たちも拍手を贈った。黒い髪、というのは歴代の姫神子から見れば少し異端ではあったが、古〔いにしえ〕の教えにある姫神子の誕生にある一節はその色を否定していなかった。
月夜に咲く青き花、そこに生まれるしずく。
青い瞳で微笑みを絶やさず、彼女は笑う花のように――。
「逃した魚は大きいよ、アルザス」
さあ、どうするのかな? と中性的な微笑が隣の不肖の息子を眺めた。
「ユリ、そう苛めるな……娘はたぶん、まだ幸せだ」
「……無理があるよ、ステイ」
やせ我慢の熱血漢であるステイン・ジン・アルテアの拳がふるえていたので、呆れたようにユーリア・ディエ・トラドゥーラが言った。
「いいんだ! 今はな!! 殴るのは最後、ボコボコにしてやるっ」
キッ、とステインはアルザスを睨んで、「絶対、許さん」とドスのきいた低い声で凄んだ。
「……ボコボコって。それは、デルにやられたよ」
「当然だ」
アルザスが痛い思い出を思い出したように顔をしかめると、デルハナースが無表情で胸を張った。
「ダフネリアを泣かせた」
「じゃあ、あそこで抱けって言うの?」
「殴る!」
アルザスの不用意な一言に、ステインが叫んだ。
「こらこら、ステイ。大人気ない」
「ユリ、放せ!! 貴様の放蕩息子を殴らせろっ」
「どうせ、あと一年もすれば司法院〔うち〕に来る……その時に好きなだけどうぞ」
ステインをおさえながら、物騒なことを言う。
司法を司る血の色濃き血脈は、神殿の中でも末席に冷遇されていた。遠い壇上で微笑む姫神子がひらりと純白の神子服を羽根のように広げて、周囲を見渡した。
そして、止める。
見つめ合う瞬間。
唇を小さく動かして、にこりと笑う。
愛しています、ずっと。
待っています、いつまでも……。
どこかに に続く
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