春ののどかな午後。
同僚の机の上にしては あまり 見かけない(いや、ある意味ではよく散乱しているのだが、譲り受けたモノが多い)代物が乗っているのをジッと見つめて、竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕は不思議そうだった。
あまりにジッと眺めているので、水野洋平〔みずの ようへい〕が痺れを切らした。
「聞きたいことがあるなら言えよ」
「……おまえが あの 里宮君と親しいとは思わなかった」
ぼんやり、といった表現がふさわしいイマイチ本当に驚いているのかわからない声音で言って、どさくさ紛れに洋平の机にある菓子折りに入っている一個を取る。
それは――先ほど洋平を指名してやってきた経理部の里宮秋人〔さとみや あきひと〕が置いていった手土産だ。
と。
持ち主の許可も請わずに菫がペリッと開けたものだから、洋平は呆気にとられた。
流れるような動き、と有無を言わせないどこか浮世離れした存在感のある この 同期の友人は、あまつさえ無遠慮だと不快感を与えそうな場面なのに当然のように許容させる。
( 不思議なヤツだ )
と、つくづく思う。
「なに?」
「いんや、べつに……彼とは親しいワケじゃないんだ。コレは「お詫び」ってコトらしい」
几帳面な経理畑のやり手たる 里宮 らしい、丁重な謝罪である。
洋平自身は、あまり気にしていないのだが……もちろん、突き飛ばされるなんてそうそう経験するモノではないからビックリはしたけれど。
恋人たちが しあわせ なら、(一人身に毒とはいえ)それにこしたことはない。
「へぇ、お詫びね」
案の定、というか。他人に必要以上には興味を示さない菫は無関心だった。
(普通のヤツならココで「お詫びって何の?」とか突っこむところだろうに……まあ、アレはあんまり口外できないか?)
ニヤニヤ笑う洋平に、菫はふんわりとした焼き菓子をキレイに食べてから訝しんだ。
「どうかしたか? 顔がおかしいけど」
「……悪かったな、自前だよ」
むっ、と仏頂面になって洋平は菫にすごんだ。
「ふーん、だったらいいけど」
と、彼は飄々と否定するでもなく(否定しろよ!)笑って、存外にお気に召したらしい甘いお菓子を やはり 無断で菓子折りの中から二、三個取り上げる。
格別に甘党ではない友人のことだ。
おそらくは、家に帰ってから家族と一緒に食べるんだろうが――。
「持って帰るのか?」
「うん、朱美がこういうの持って帰ると すっごく 喜ぶんだ……ついでに息子の分もね」
相変わらずの愛妻家ぶりでサラリと惚気〔のろけ〕る同僚に、いまだもって独身貴族の洋平は決して僻〔ひが〕みではないと前置きをしてから心中で毒づいた。
(ったく。幸せそうにしやがって)
目に毒、と顔をアサッテの方向に向けて、どうして自分には春が来ないのだろうと嘆息した。
そうして。
どこからともなく「うぎゃー!」という やけに 聞き覚えがある(奇)声が届いた。
一文字シスターズの面々は、菫と洋平のそばまで駆け寄ってくると、わらわらと集まった。主に彼女たちのお目当ての方へ――。
奇声の持ち主は、一つなみ〔にのまえ つなみ〕。
「もー、ぎゅーんって来た! ね、いまの聞いた? さっすが竜崎さんって感じっ」
興奮冷めやらぬ勢いで彼女は言い、周囲に同意を求めた。
「一途、ですよね。相変わらず」
「ホント、悔しいけど……そこが竜崎さんの魅力でもあるわけだし」
はぁ、と悩ましげに流瞳子〔ながれ とうこ〕がため息をつき、篠響子〔しの きょうこ〕がチロリと恨みがましく視線を飛ばした。
「本当に。仕方ないんですけど、竜崎さんに想われるなんて羨ましいです」
おっとりとした森早奈恵〔もり さなえ〕がうっとりと眺め、
「奥さま、お元気ですか?」
と、菅加世〔すが かよ〕が静かに締めくくる。
「君たちも いつも 元気だね」
菫がくすくすと笑って「朱美みたい」とふわりと優雅に微笑みかければ、黄色い声がかしましく上がった。
*** ***
ひとしきり騒いだ彼女たちの目の前には、現在、水野洋平から(同情で)貰い受けた菓子折りが置かれている。
それらをおのおの好きな分だけ手にとって、開封、口にしながらの雑談の最中だ。
「竜崎さんってば、アレ、ワザとなのかしら?」
「さあ? どうかしら……半々ってトコロかしらね」
「うんうん。ヤラレタ! って感じ。いつもヤラレテるんだけどさ、わたしはねっ!!」
「仕方ないわよ。だって、竜崎さんってそういうトコロ、本当に 卑怯 だし ずるい けど 完璧 だから――」
うんうん、と響子の意見に互いにコクコクと頷き合う。
こんな希みのない恋心は不毛だ。
彼女たちとて、彼の一番が 誰か なんてとっくの昔に知っている。どんなに優しくされても、隙があるように見えても……竜崎菫は肝心のところで間違えない。
というか、たぶん、間違える気がない。
だからこそ。
「 素敵 なのよね。他の人の旦那サマでも 」
と。
「 そう!! 」
加世の言葉に、それぞれが 強く 同意をしめしモグモグと口の中のモノを咀嚼した。ペットボトルの生ぬるいお茶や、紙コップの少し冷めたコーヒーに口をつける。
「水野さんがもらったコレ、本当においしいよね」
「ほーんと。確か、経理部の里宮さんからの差し入れだって?」
「あー、あの強面の?」
「そう、強面の。けど、美形よね……結構、人気あったらしいけど最近彼女が出来たってもっぱらの 噂 よ」
「………」
(――でも、その前から彼女持ちだって話もあったような?)
微妙に顔を見合わせて、しばし黙りこむ。
(まあ、いいか)
と、彼女たちは 深くは 考えないことにした。
「はいはい! 受付の茅野さん、よね。確か」
「両思いかあ、いいわよねー」
うっとりと一文字シスターズの面々は息をついて、「今度、お祝いがてらお礼言いに行こっか?」とほとんど空になった菓子折りを指し示してニカリと笑った。
おわり。
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