ツカツカツカ、と服飾関連企業『苑』の廊下を渉外部の若い男性に案内されながら、灘亜希〔なだ あき〕は軽快な靴音を響かせた。
細身のパンツに、白いTシャツ。洗いざらしのジャケットを引っ掛けているだけのラフな格好であるにも関わらず、彼女には躊躇った様子がない。
むしろ、態度は高慢なほど堂々としていて一介の女性ではないと誰しもが思った。
彼女の持つ、銀色の独特のケースで職業がカメラマンだと分かるのだが――もちろん、それだけではない。
「こちらです」
と、案内役の渉外部の男性は丁寧に頭を下げて扉を開けた。
「どうも」
紹介を受けた彼女は、短くそう言うと目の前の篠響子〔しの きょうこ〕ではなく隣の竜崎菫へと頭を下げた。
「そりゃあ、分かるわよ? 新進気鋭の今一番の売れ手だもの。しかも、話題性も高いわ……お高くとまるのも仕方ないわよ。でもねっ」
一番の問題はココだと、主張して響子は一堂に会した一文字シスターズの面々に訴えた。
「あの目は絶対、雌豹の目よ! いけないわ。竜崎さんを狙うなんて言語道断、徹底阻止あるのみ!!」
熱い彼女の熱弁に感銘を受けた四人は、それぞれに頷いて同意した。
「そうよそうよ、相手はうちの会社が社運をかけて呼んだっていうカメラマン……ともなると、竜崎さんだって無下にはできないわ」
「そうね、むしろ優しいから女の思うツボかもしれないわ」
「そんなの、絶対許せなーいっ! わたしだってしてないのにっ」
「怖いもの知らずって言うのは危ないわよね。竜崎さんがアプローチにオチるとは思えないけど……彼女の方が勘違いするとあとが大変だわ。もちろん、竜崎さんにも迷惑がかかるし、会社にいられなくなるなんてコトだってあるかもしれないわ」
菅加世のとっても説得力のある展望に、みなは青くなりコクコクと頷いた。
確かに、竜崎菫が灘亜希にオチる可能性よりも、彼女が本気になってなりふり構わなくなることの方が問題だろう。
灘亜希には、それだけの地位と名声がある。ただし、ほぼ父親と祖父の権力だが――ないがしろにはできないほどの強みだ。
がっしと、タッグを組むと一致団結する。
「アプローチ、絶対阻止! 彼女を竜崎さんに極力近づけさせないこと、いい?」
「 了解! 」
一文字シスターズは、ニヤリと笑うと猿蟹合戦さながらにそれぞれの持ち場に散らばった。
おわり。
|