服飾関連企業『苑』、会議室の隣にある休憩スペースで竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕は眠気覚ましのコーヒーが入った紙コップを弄びながら、携帯電話に話しかけていた。
「うん、そう。だから、今日も帰れそうにないんだ……うん」
電話の主は、彼の奥方らしくいつものおだやかな表情でありながら、艶っぽい。
ふと、眉を寄せて菫は彼女の提案を断った。
「差し入れ? いいよ。もう遅いし……うん、わかってる」
言い募る彼女に、菫は困ったように首を振って「「機械戦隊スイハンジャー」はあとでビデオで見るから」とよく分からないことを口にした。
「明日、ショーの時には会えるから。うん、それにモデルやるんだからよく眠らないとダメだよ」
電話の向こうでは、拗ねたような声が「なによー」と彼をなじり、どうやら「菫さんだってモデルやるじゃない」とそれらしき言葉を投げつけた。
菫はゆるやかに微笑むと、優しく言った。
「僕はいいんだよ。仕事だし、こういうのは慣れてる……君だって知ってるだろ。睡眠不足だと化粧のノリが悪いんだから」
がちゃん、と切られたのかどうか。
菫は息をつくと、携帯の通話を切って腕にかけていたジャケットのポケットへ入れる。
「 定期コールも大変だね 」
傍観していた独身貴族・水野陽平〔みずの ようへい〕が近づいて、首をかしげた。
「差し入れ、してもらってもよかったんじゃないのか? 会いたいだろ」
「ダメ」
有無を言わさずに即答する菫へ、ポリと陽平は首をかいた。
「だって、まだ7時だぜ? 差し入れくらいなら……」
「差し入れだけで済めば、ね」
と、自嘲的に言って菫は陽平を見た。
「歯止めが効かなくなったらどうするんだよ」
ははあ、と合点して陽平は確かにツライだろうと同情した。
ここ数週間、クリスマス・イブの大型企画ファッションショー『ウィンター・ミルキーウェイ・ブライダル』のために、会社にほぼ缶詰状態だった。
「そっか、明日は久しぶりの 逢瀬 ってワケだ?」
はからずも今回のテーマ「七夕」に合致しているワケで……思わずうける。
「どうでもいいけど、竜崎。ショーの最中に盛るなよ?」
目をぱちくり、と瞬いて、「そうだな」と真剣に頷いた。
「 気をつけるよ 」
と。
「……俺、冗談だったんだけど。いや、いいんだけどな」
カラカラと笑って、陽平は壁にかかっている丸い時計を見上げた。
「そろそろ 最終 打ち合わせの時間だな」
「ああ、どうせ日が変わるまでするんだろう」
「いつものコトだな。しかも、日が変わったって解放されるかどうか……」
目が合って、どちらともなく疲弊した。
「――なあ、竜崎」
「ん?」
「「 機械戦隊スイハンジャー 」ってなんだ?」
「ああ、特撮戦隊モノ。朱美がハマってるんだ」
おわり。
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