起きたそこにあったのは、大好きな彼の顔だった。
「おはよう」
色素の薄い髪に不思議な紫を溶かした眼差し、端整な顔立ちと物静かでおだやかな表情がホッとしたように緩む。
(………いい)
覚醒がまだ十分ではない頭が、勝手に言葉を紡いだ。
と、言っても心の中で――というつもりだったのだけれど。
「一〔にのまえ〕くん?」
一つなみ〔にのまえ つなみ〕の目覚めの第一声に、不思議そうに竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕は首をかしげた。
どうやら声に出していたらしい……と気づくまでに、おおよそ十秒。
つなみは、慌てて起立すると、
「うわっ! はっ、竜崎さん!! おはようございますっ」
思わず、敬礼をして頬を染めた。と、彼はくすくすと笑って、「ここは打ち上げ会場だって、覚えてる?」と問い直してきた。
「お、覚えてますよ。そうそう、無事終わったんだった……寝ちゃったのか。って、竜崎さんいつ戻られたんですか?!」
「え? 今さっきだけど?」
「って、今何時ですかっ」
「十一時前だね。夜の」
自らの腕時計を確認して、律儀に答える菫につなみは動揺した。
(に、二時間。一体、衣装室で何してらしたんですかーっ!)
叫びたくて、叫べなかった。
ソファからもぞもぞと起き上がってきたみんなもまた、それぞれに同じような妄想を抱いておだやかな表情の彼を仰いでいる。
「竜崎さん、ソレって……」
ふっ、と菫は目を細めて人差し指を立てると、一文字シスターズを黙らせる。
「あんまり、人に言ったらダメだよ」
と、にこりとさわやかに笑って肯定し――鮮やかに釘を刺した。
( つまりは、やっぱり……そういうコトですかっ?! )
ざわり、と一文字シスターズは互いに顔を見合わせて、「いやーっ!」と目の覚めるような悲鳴を上げる。
それに、彼女たちとほぼ同じように起こされた蒼馬が目をぱちくりと瞬かせた。
彼のガールフレンドである神楽見日向〔かぐらみ ひなた〕はぐっすりと寝入っていて、揺すろうがそばで大絶叫が響こうが、いっこうに起きる気配がない。
「嘘でしょー!」
と、つなみが叫べば、
「ショック……いや、すっごくショック、かな?」
と、篠響子〔しの きょうこ〕が呆然と呟く。
「竜崎さんは、絶対そーいうコトしないと思ってたのにー」
「ううん、竜崎さんも男だもの。おかしいってことはないけど、ね」
「そう、おかしくはないわ。ただ、……もうちょっと 淡白 だと思ってただけのことよ」
それぞれに印象を覆されたことによる衝撃を口にして、ハァと深い失望にため息をこぼした。
起きそうにない日向を菫が抱き上げ、水野陽平〔みずの ようへい〕がそのまま由貴を引き受けると、騒いでいる彼女たちへ帰りの声をかける。
「君たちはこのあと、どうするの?」
と、まるで何事もなかったように菫がおだやかに笑うから、一文字シスターズは「もちろん!」と五人声を合わせて力強く宣言した。
「 自棄〔ヤケ〕酒ですっ! 」
*** ***
竜崎一家と水野陽平の背中を見送って、ポツリと響子がみんなを促した。
「じゃあ、みんな。飲みに行こっか?」
「そうねー」
「あ。ねえねえ、思ったんだけど……竜崎さんの奥さん、なんか今大人しくなかった?」
歩き出しながら、森早奈恵〔もり さなえ〕が指摘する。
「確かに」
と。
流瞳子〔ながれ とうこ〕が同意して、菅加世〔すが かよ〕が目敏く見たことを口にした。
「そういえば、……うなじと鎖骨の下あたりにあったわね」
え?! と四人が注目する中、自嘲気味に加世は「聞きたい?」と確認する。
こくこくと頷く四人に、静かに告げた。
「 キス・マーク ね。アレは……赤い痕が点々と、あったわ」
ゴクリ。
と、思わず生唾を呑む面々。
「ねえ?」と響子が少し笑って言った。
「竜崎さんって案外、情熱家よねえ?」
「言えてるー」
「なんか、もう奥さんは別格? みたいな」
「でも! そんなところもイイとか思っちゃったりしてるんですけどっ。わたし!!」
握り拳で訴えるつなみに、加世がしみじみと自らを断じてみせた。
「そーいうトコ重症よね、わたしたちって」
「 同感 」
それぞれがそれぞれに、冷静な友人の的確な言葉に頷いた。
おわり。
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