向陽大学奇術サークル「メッフェ・ブランシュ」の新年会の騒ぎから、数日後。 ナニするために入ったホテルで、二人は話した。
「まだ、怖いの?」 固まった朱美に菫が心配そうに首を傾けて訊く。 菫のその澄んだ色素の薄い紫がかった瞳を見上げて、こくりと朱美は頷いた。 「だって……怖いよ。すっごく痛かったんだってば、この前のアレ……」 ごにょごにょと口にすると、真っ赤になって睨む。 「だから、きちゃった時どうしょうって思ったのよ。だって、デキてなかったらあの三役だって納得しないだろうし、菫さんだって……気の迷いだったかもしれないじゃない?」 自分がこんなに怖いんだから、彼も後悔しているかもしれない……と。 そう思ってしまった。 男と女では違うから、自分のような恐怖ではないかもしれないけど――。 不安定になった気持ちは、制御がきかなくなって彼を避けたり、果てにはサークルの新年会のど真ん中で泣き喚〔わめ〕くという醜態を晒〔さら〕すハメに陥った。 「僕は、そこまで節操ナシじゃないよ」 呆れたように前髪をかきあげた彼は、ぼすんとスプリングのよくきいたベッドに座る。 長身の彼が座ると、その顔は丁度朱美の鎖骨のあたりになる。 彼女を手で呼ぶと、キュッとその背中に腕を廻して抱き寄せた。 服の上から胸の膨らみを触られて、朱美は身じろいだ。 「菫さん……痛いッ」 首のあたりを隠すセーターの襟口を引きおろされ、鎖骨を強く吸われて悲鳴を上げる。 白い肌に赤い痕〔あと〕がつくのを確認して、菫は上目で彼女を見る。 彼を見下ろした朱美は、怒ったように、でも反面気恥ずかしそうに頬を染めていた。 「疑ったことはコレで許すけど、僕の心の傷はこんなんじゃ足りないから」 彼女のセーターを引き上げると、ブラをたくし上げることもせずに触れてくる。 隙間から指を入れて、硬くなりかけた頂きを刺激されると朱美は思わず喘〔あえ〕いだ。 「……んぁ、あん」 「この身体で払ってくれない? それとも」 ブラの上からキスをして、彼女の決して大きくはない胸を愛でると身体を入れ替えて、ベッドへと押し倒した。 その瞬間。 密着していた肌が急に離れて心もとなくなり、朱美はジッと自分を眺めている彼に首を傾げた。 すごい格好だと思う。 たくし上げられたセーターに、乱れたブラ。 転がされた反動で、スカート姿の足は腿まで見事に丸見え状態という。 なのに、それを直そうとも思わない心。 むしろ――。 「まだ、怖い?」 と、いつもと変わらない静かな微笑のハズなのに、薄暗く影を落としたその笑みは艶〔あで〕やかだった。 触れてもいない肌が火照る。 キュウウと胸が締めつけられて、アソコもなんだか……変だ。 (二回目だから……なのかな? それとも、わたしってエッチなのかも) 朱美は、ぼんやりと思って菫を眺めていた。 「朱美?」 「意地悪」 口について出た言葉が、朱美の本音だった。 (こんなふうな身体にしたの、菫さんじゃないよ。散々刺激しておいてそんなコトいうなんて……) 乱れたブラの狭間から胸の天辺がのぞいていた。 実りはじめたソコが、ちりちりと痛む。 「そんなの今訊くなんて、反則よ」 ついつい恨めしくなって、彼を睨んでしまう。 「かもね」 にこり、と笑った彼の顔は安堵に似ていた。 「でも、半分くらい「賭け」だったんだけど?」 「え?」 彼女のブラのホックを簡単に外し、セーターも腕から脱がせた菫の言葉に、陶酔しかけている甘い声が反応する。 片方の胸を手の五指で揉みあげ、もう片方に唇を這わせた菫は彼女の足を割って、内腿に手を忍ばせる。 硬く実った場所は、すぐそこにありながら手を出さずに彼女の顔をうかがった。 潤んだ瞳に、時折甘く刺激に応える声。 「はぁっ、……んん、ぁぁん。や……ど、うして?」 その目が訴えてくる。 抑えきれない衝動に突き動かされるような、艶〔つや〕めいた黒の眼差しで誘う。 「良かった、前より今の方が感じてる?」 「ん……や、なに?」 と、菫の問いに本能で頷いて赤くなると、朱美はのけ反った。 「んぁぁぁっんん!」 爪弾かれ、そして歯で今までにない強い刺激を受けた。 もだえる彼女に菫は、実を口に含んだまま弄んだ。 一回目よりも、激しいその責めに朱美の身体が次第に昇りつめてくる。意識が朦朧〔もうろう〕として、身体が彼の身体にすりつくように動いた。 「んん……あああっん!」
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「ひあ!」 感度の増した朱美の身体は、その中心に彼の低温の指先が伸びると跳ねた。 前の時よりもさらに濡れたソコを何度か撫でると、ひくひくと反応する。 「こ、怖い。こわい……よ。なんか……」 喘ぎに掠れた声で、朱美はしがみつきながら言った。 菫と目が合うと、逃げるように目を閉じる。 「朱美」 「ソコ、触〔さわ〕られると……自分じゃなくなる、の。身体の……奥が、ムズムズ……んっ。だから……怖い。んぁん!」 一番敏感なトコロに触れられてのけ反ると、シーツを掴〔つか〕んで耐える。 「た、助けて……」 「ダメだよ」 彼の笑いを含んだ甘い声に朱美は目を恐る恐ると開く。 優しい眼差しは、彼の色に澄んで淡く輝いている。 涙のこぼれた朱美の頬と強張った手を取って口づけると、そのかたく閉じた唇に触れる。 最初は啄〔つい〕ばむだけの……次第にほぐれてくると舌先を侵入させてきた。 「ぅん……ん。ぅぅん」 絡まりあう舌が互いの想いを貪るように動いた。すい、と長いキスから唇を離すと、洩れた吐息に濡れた糸が切れる。 彼の目に、知らない自分の姿がうっとりと映っている。
「――一緒にいこう。高みまで」 それは、幼い頃に初めて見た「彼」の瞳の色そのものだった。
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大きな窓にかかったカーテンの隙間から、早朝の淡い光がベッドへと差し込んでいた。
「ひどい!」 目を覚ました朱美は開口一番に詰〔なじ〕ると、先に起きていた彼に手元の白い枕を投げつける。 ボス、とそれを甘んじて受けた菫は、肘をついた片腕で頭を支えていた。 「何が?」 「アレは何よ! アレはっ」 彼女の指す「アレ」に見当がつかないらしい菫は、黙るとそのままの体勢でジッと彼女を見た。 正確に言うと、彼女の無造作に晒された「裸体」を――。 朝日に照らし出されたソレを眺めて、次第に興奮してくる気持ちに苦笑する。 「もうっ! なんであんな時にまで「 女の子はみんな好き 」とか言っちゃうワケ?! 信じられないっ!!」 (――ああ、ソレか) ぼんやりとそんなことを思いながら、ベッドから下りようとする朱美の身体を背後から抱きすくめた。 怒りに思考を奪われた朱美は、素肌を隠そうともせずに立ち上がろうとしていた。はっきり言って、誘惑しているとしか思えない。 細い腰や無防備な胸の先端〔さき〕、それに転々と残った昨夜〔ゆうべ〕の痕〔しるし〕。 「え……や。キャッ」 後ろから彼の裸の体温を感じて赤くなり、その手が自分の両の膨らみを直〔じか〕に揉みあげた瞬間、声をあげた。 「か、帰るんだから離してよっ、菫さん」 と、朱美は無下に彼の手を振り払おうとする。 「ダメ」 腕に力を込めて、彼女の動きを制するとその肩に顎を乗せて呟いた。 「言っただろ? 女の子は「好き」だけど、朱美は「愛してる」んだって」 「 え? 」 自分の肩に乗った菫を睨んで、朱美は止まった。 「そんなこと言った?」 「なんだ、聞こえてなかったのか」 最中の。しかも、互いが高みに昇りつく瞬間だったので、それもそうか……とも思う。 ベッドの横の備え付けの時計を見ると、7時前だった。 (チェックアウトは、10時だし――) 悠然と微笑むと、告げる。 「じゃ、もう一回言ってあげるよ。君の「中」で」
その菫の静かな朝のモノとは思えない「ものすごい」一言に、朱美は昨夜のことを思い出してブンブンと首を横に振った。 「もう、いい! いいから……だいたい、なんでこんな高いトコロ予約するのよ」 チラリ、と朝日の差し込んでくる大きな窓を見て、呆れたように呟く。 カーテンに閉ざされた窓の向こうには、高層ホテルの最上階から見る都心の絶景が映っているハズだ。昨夜はそれどころじゃなくて全然堪能してないのだけど。 「もったいないじゃない」 「まあね。次からは普通にラブホにするから――そのお詫びかな?」 優しく朱美の小振りな胸を愛でながら、菫はくすり、と意味深に笑う。
「……って、何よ。ソレ」 彼の手探りが強引ではなかったのでされるがままにおいた朱美は、髪に口づける菫を見て訝〔いぶか〕しく首を傾けた。 「だって、子ども作るんだから。イッパイしないと」 「―――」 (……さわやかに、何言うのよ) 「朱美のことだから、基礎体温なんて測〔はか〕ってないだろうし。それなら、できそうな日を片っ端からするしかないだろ?」 「……うっ、それは。そうだけど」 朱美はうなだれた。 そう言われると、確かにそうだ。 (だって、菫さんとこうなるなんてちょっと前まで夢にも思わなかったし。素振りさえなかったし。……しょうがないじゃないよ?) などと、言い訳してみるが後の祭り。 無邪気に澄んだ紫がかった瞳が細められ、にっこりと間近で言った。 「大丈夫。イッパイやればできるから」 「………」 (今度からは、「基礎体温」測ろう……) と。 心に決めて、朱美は朝からのその要求を許した。
おわり。
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