欠けた盆。 とっての砕けたマグカップ。 生乾〔なまかわ〕きのシャツ。
高野山市の高台にある、竜崎家の宗家本宅。 その奥の一室で、18歳になった竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕と、竜崎家の宗家三役である爺〔ジジイ〕たちが対峙〔たいじ〕していた。 これは、その彼らの間に居心地悪そうに置かれた、由緒正しい大木の漆仕上げテーブルの上に広げられた品々だった。 竜崎家宗家三役のジジイどもは、口々に訴えた。 「見てみなさい、菫。この盆を……あのお嬢さんが持っただけでこのザマだ」 「このマグカップもそうですよ、菫。あのお嬢さんときたら粗相〔そそう〕が過ぎる」 「まったく、まったく。接客・片付けのみならず洗濯もろくに回収できないとは、あとで苦労することは火を見るよりもあきらかではないですか」 和装のジジイどもは、自分たちの主張が正論だとわめくと、次に静かに座っている今年大学に入学し、そろそろ正式に竜崎家のとある仕事を世襲しようとしている有望な若者に目を向けた。 彼は、うんともすんとも動じずに……もともと、口数は少ないほうだとはいえ……まっすぐに、宗家三役の白髪だったり、丸禿〔まるはげ〕だったりする面々の顔をじっと見た。 「つまり、別れろと言いたいんですね、爺様方」 首肯〔しゅこう〕するジジイどもを、菫はあたかも容認するようににっこりと微笑んで返した。 「それは、イヤです」 ひくりと瞠目〔どうもく〕する彼らを前に、さらに一撃必殺の言葉が続く。 「私と朱美〔あけみ〕とは行くとこまで行った関係ですし、しかも彼女のお腹にはすでに 私の 子どもがいますから」 「――ッ!!」 この時、老いた心臓三つがよく一つも止まらなかったものだと、のちに言われる。
固まったジジイどもを残して退室した菫は、襖〔ふすま〕の影で立っている会沢朱美〔あいさわ あけみ〕に「おやっ」と眉を上げた。 「わたしのお腹に子どもがいるなんて、初耳よ」 彼女はわずかに口を曲げて、腕を組む。そして、チロリと長身の色素の薄い青年を睨〔にら〕んだ。 「だな。じゃ、作ろうか?」 さらりと言って、ピースする――これが、菫の朱美へのプロポーズの言葉であった。
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「朱美さーん」 里帰りした菫と朱美に駆け寄ってきた……いまだ存命の三役ジジイトリオは、満面の皺〔しわ〕を深めてキョロキョロと辺りを見回す。 「蒼馬は? そして、由貴は?」 ふっふっふっと笑って、朱美は言った。 「あの子たちは、お留守番です。ざーんねんでしたっ」 がーん、と呆然となった哀愁のジジイトリオを見て、朱美はほくそ笑む。 このジジイどもに「ネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチ」と、嫌がらせされたのを忘れたとは言わせない。 当分は、可愛がらせてなんてやらないのだっ。 「あー、なんか楽しい♪」 晴れやかな気分で本宅の門をくぐると、菫に寄りそいくすくすと笑った。
おわり。
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