跳ねて、弾んで……外す。
旅人を思わせる気ままな日間八尋のヴァイオリンに、彼女のピアノはどこまでも柔軟に受け入れた。
その包容力に感服する。
「悔しいけど、流石よね。日間くんのヴァイオリンについていくなんて」
〜 ハンガリア舞曲 〜
傍らにやってきた鈴柄愛の言葉に、千住貴水は訂正を求めた。
「ちがうよ、鈴柄さん。ついていってるんじゃない、包んでいるんだ……彼の 音 をね」
小夜原なつきのピアノに対する評価は、「ついていく」なんてありふたれものではない。柔軟な包容力を持つ彼女のピアノは、不規則な八尋のヴァイオリンの音色をすぐに掌中におさめて、自らのペースに引きずりこんでいく。
合わせるつもりで、彼女は無意識に相手のペースを思うとおりに操作することができるのだ。
「千住くんって……」
舞台のなつきを見つめる貴水に、愛が驚いて言った。
「小夜さんのピアノ、高く評価してるのね」
「小夜さん?」
「小夜原さんのこと。それはいいとして、質問に答えて欲しいなあとか思うんだけどね。好きなの?」
「……好きだよ。彼女もそのピアノも――」
隠す必要もなかったから、素直に口にする。
きゅっ、と愛が唇を噛んだ。
「そう」
えへへ、と笑うと愛は頭をかいて「やだなあ」と努めて明るく振舞った。
「千住くん、ってそういうとこ容赦ないんだから!」
どん、と胸を押される。
貴水は視線を舞台から愛に戻して、微笑んだ。
突き放すかのように、優しく。
「そうかな?」
「あーあ、いいよいいよ。今はさ、それでも……でも、わたしのピアノだってなかなかヤルんだからねー」
腕に擦り寄る挑む瞳の彼女に困惑して、気のない相槌をうちながら貴水は身を引いた。
その愛の頭をパコン、と「強化合宿参加のしおり」を丸めたモノが叩く。
「あいた!」
大仰に顔をしかめて、愛がふり返る。
「メーコ」
「愛ぃ? なに、イチャこいてんのよ! 友人に仕事任せっきりでさあっ」
仁王立ちの愛の友人は、貴水の視線にすこしたじろぎながら「めっ」と愛を睨む。
「ひどーい。友達の恋路を邪魔するなんて、鬼メーコ」
「ひどくない! あんたってコは……ほら、次花火するんでしょ準備準備」
追い立てるように引っ張り、貴水の腕から愛をはがすと、「えー」とか「もうちょっとー」とかいまだ未練がましい声を上げて抵抗する友人の背中を押した。
彼女たちが去って、余興も終わると講堂は明かりを落とされ、誰もいなくなった――。
「 二回目、べつにここでもいいのよ? 」
と、躊躇いもなく落とすなつきの爆弾に貴水は息を吐いた。
黙って、無視するしかないだろう?
口にしたら、 最後 なんだから。
いつか。
僕は君を、我慢できなくなる。
君が、傷ついても離さない――それでも、いいんだろうか?
君なら……と、願う。
( 君が思うほど、僕は聖人君子じゃないんだよ。小夜原さん )
fin.
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