Moonlight Piano #30-wc


〜亀水東高校二年〜未来・貴水視点〜
■作品人気投票、カップリング部門第一位企画■
こちらの 「#30-wc」 は、
「うらキロ」内の作品で人気投票を実施した結果の企画小説です。
そんなこんなで「Moonlight Piano」の二人が、見事、
人気カップリングで第一位を獲得しました。
二人の出逢い直後からちょっと未来の話まで……の貴水視点、
ネタバレはない模様(嘘です。かーなーりーかすってます!!)。
ご注意ください。m(__)m



 受話器を置いた千住貴水の背中に、銀髪の美人がしなだれかかって訊いた。
「お相手はどなたデスカ? センジュ」
「……意地が悪いですよ。先生」
「ヤ、怒らないでクダサイ。指輪のお相手の、サヨハーラ?」
 キッチリと結い上げた長く細いストレートの銀髪に、薄い青の瞳が透き通るように澄んでくすくす、と笑う。
 実年齢よりも遥かに若く見える無邪気な女性は、うかがうように貴水の反応を待った。
「 ご明察。小夜原さんですよ、先生 」
 その、左の薬指にはなつきに贈ったリングと同じ、シンプルなプラチナの指輪。腕を組んで静かに言った彼の顔には、醜悪な火傷の痕がある。
 けれど。
 全身に巣をはったそれを、もう隠そうとは思わなかった。



〜 威風堂々 〜


 入学した時から、貴水は彼女を知っていた。
 醜悪な傷を包帯で隠した特異な姿をした彼もまた別の意味で有名だったが、彼女――小夜原なつきは亀水東高校の新入生代表に選ばれるほどの優秀な生徒だった。
 その見映えのする綺麗な面差しはさることながら……ピアノの才能も。
 ほかの一般科目の成績も。
 気取らない態度も。
 まったく非の打ちどころがない「華」。
 こんな存在がいるのだと、同じクラスの遠く離れた場所で思ったものだった。
「千住くん、ちょっといい?」
 けっして交わることのなかった存在は、二年の春の終わりにそう貴水を睨んで突きつける。
「もちろん、出場するでしょう?」
 と。
(……今になって、どうして)
 不可解に手渡された『ピアノコンクール』の概要を凝視して眉根を寄せた。
 旧校舎での演奏を聴かれたのは、もう三ヶ月くらい前の一年の終わりだった。その時は、拍子抜けするくらい何もなかったから、ホッとしていたというのに――。
 「付きまとうことにした」と、彼女は貴水に宣言して……事実、実行した。

 それは、まさに「付きまとう」という言葉にふさわしい。

 その『コンクール』が不発に終わったと思ったら、次の選考会はコレだと持ってくる。選考会が終わったら、また別のコンクール。
 参加はするものの、正当な評価を受けようとしない貴水の不実なピアノに……何度目かのピアノコンクールのあと、なつきの怒りは爆発した。
 はじめて、彼女に叩かれた時のことを覚えている。
「 バカ! 」
 思いっきり罵倒され、貴水は頬の痛みに心配になった。
 彼女の手は、きっともっと痛いだろう――。
(バカなのは、僕よりも君の方だ。小夜原さん)
「僕なんか、放っておけばいいのに」
 口をついて出た言葉に、なつきは目を見開いて「悪かったわね」と低く呟いた。
 ひどく、傷ついたように。
「千住くんは迷惑だろうけど、これはわたしの ワガママ だから引かないわ」
「………」
 キュッと唇を噛むなつきに、貴水は手を伸ばしかけて止める。
 抱き寄せそうになったのを自覚して、ヤバイと自制した。
(――べつに、僕は迷惑だとは思ってないんだけど)
 たぶん、そばにいて損をするのは彼女の方だから……だから、貴水は突き放すしかなかった。
 できるだけ、早く離れてほしいと願いながら。
「小夜原さん」
 踵を返して背中を向けたなつきに、声をかけて忠告する。
「叩いたりしたらダメだよ、君の手はピアニストの手なんだから」

「よ、よけいなお世話よ!」
 と、プリプリとあまりに強く彼女が怒ったので、作戦通りではあるのだが少し胸が苦しくなった。


*** ***


 思えば、あの時から貴水はもう彼女を手放すことはできなかったのかもしれない。
 怖かった。
 何よりも、また繰り返すことが怖かった。
 僕は卑怯な人間だから――。

「センジュ?」
 銀髪のアンリ・サラ・シューリッツが持つのは、今日はヴァイオリンだった。多彩な才能を持つ彼女は、ドルツムジカ音楽院の理事長をする傍ら、こうして公演をして回り、時々自分の産出した音楽家を強制的に徴集して共演させるのだ。で、今回は貴水を呼んだ。
 ちょうどいい――むしろ、何かの策略的な意図を感じさせるが――具合に、ヨーロッパ・ツアーのフランス滞在期に彼女のパリ公演が重なったのが、その徴集理由だった。
『応じてくださって、感謝シマス!』
 出迎えた無邪気な理事長の握手に、苦笑するしかなかった。
「なんデスカ? 思い出し笑いなんて、スケベですね」
 どこから、そんな情報を仕入れてくるのか……おそらく、出所はひとつしかあり得ないと思いながら、貴水は憮然とした。
「いいでしょう、先生。僕は今、彼女にフラれて傷心旅行をしているようなモノなんですから、思い出くらい見させてください」
 薄い青の瞳をパチパチと瞬いて、アンリはくすくすと笑った。
「アナタには試練くらいあった方が、イイのです。センジュ……サヨハーラは得がたい 銀のスプーン ですネ」
 ことあるごとに、彼女が口にする「銀のスプーン」はケルト伝説にある幸運を運ぶスプーンから生まれたモノだった。戦場に赴〔おもむ〕く戦士が愛する妻や家族に「幸運」の祈りを込めて贈り、あるいは銀の匙〔さじ〕をもって生まれた子どもは幸せになると言われている。
 なつきが、貴水の「幸運」であることに間違いはない。
 舞台の袖に立って、前を向く。
「まったくね。このツアーが終わったら、誘ってみるつもりです」
「そう。では、まずはココで頑張ってクダサイ。――逃げたら、即刻連絡シマスよ」
 理事長からの挑戦。

 開幕のファンファーレとともに、「分かっています」と真摯に貴水は毒づいた。


fin.

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