理事長が控え室から、出ていくのを千住貴水は目の端で確認した――。
浅く寄せた唇を離して、間近でなつきと目を合わせる。
久方ぶりに会った彼女は、変わらずまっすぐに自分を映して……久方ぶりに顔を合わせたにもかかわらず、顔を見るよりもまずキスをしてしまったことに、思わず笑ってしまった。
〜 アヴェマリア 〜
「なに?」
なつきは、そんな貴水の様子に身を強張らせた。
「なんでもない、ちょっとおかしかっただけだよ……僕がね」
「……なによ、それ」
不服そうに身をよじる彼女の体を制して、貴水はくすりと唇で弧を描く。
「小夜原さん、来てくれて嬉しいんだ。本当に」
「……うん。わたしも――会いたかった」
ぎゅっと抱きついたなつきの体をしっかりととらえて、貴水は彼女の耳の裏に唇を寄せる。
身じろぐと、なつきは「ねえ?」と彼の首筋に唇を寄せて訊いてきた。
「あの「アヴェマリア」……わたしのために弾いてくれたのって、ホント?」
うん、と頷いて貴水はなつきの頬を撫でて、顔を傾けた。
「足りないんだったら、もう一回弾くけど?」
唇を寄せて言うと、ゆるんだ彼女の唇に深く口づける。
「千住くん?」
戸惑ったような眼差しに、微笑む化け物じみた自分の顔が映る。
「もちろん、タダじゃないけどね――」
口にして、なんて卑怯な言い草だろうと貴水は自嘲した。
「あ、そうだ。まだ、言ってなかったよね?」
「え?」
キスの合間に訊くと、なつきはぼんやりと「なんのはなし?」と首を誘うように傾ける。
啄〔つい〕ばむように口づけて、ゆっくりと微笑んだ。
「 メリー・クリスマス 」
fin.
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