Moonlight Piano #21-wc


〜風花音楽大学四回期、春 → 秋・貴水視点〜
■拍手ページから落ちてきました■
こちらの 「#21-wc」 は、
「Moonlight Piano」の「うぇぶ拍手」用に書いた
オマケ番外SS/加筆修正版です。
時間列としては、「#21」の頃の貴水視点。
あっけないほど簡単に人はいなくなる、けれど残ったこの想い。



 頻繁に顔を見せるようになった息子へ、母親である葉山水江が訊いた。
「 え? 」
 焦れたように、もう一度水江は言った。
 今度は少し、声を大きくして。
「なつきさんとは、会っているのって訊いてるの。せっかく、日本に戻っているんだから……顔くらい見せているんでしょ?」
「……それは。まだ」
「まだって、どうして?」
 貴水は困ったように笑って、「だって、ドイツに戻れなくなるでしょう?」と真剣に告げた。
 表向きは元気に振舞いながら、母親の病状が刻一刻と悪くなる一方でなつきに会えば、間違いなく甘えてしまう。それが、分かるから会えなかった。
「困ったものね……彼女が待っているとは思わないの?」
「……それは、理事長にも言われました。でも、彼女が待っているのは じゃないと思うから」
 そう、こんなに弱い自分では彼女につり合わない。
「だから、もう少し黙っていてください。母さん」
「……分かってるわよ」
 やれやれと肩をすくめた水江は、日差しの暖かくなってきた早春の窓の外を眺めて目を細める。

「 私だって。このこと、なつきさんには知られたくないもの 」

「怒られますよ」
「そうね、そして泣かれるのはつらいわ」
 と、水江は静かに貴水を仰いだ。



 それから半年後、母は死んだ――。



〜 別れの曲 〜


 生きている彼女と話したのは、その三週間くらい前だった。
「ひとつ、忠告なんだけど……いいかしら?」
「なんですか?」
 訊かなくても、なつきに関することだということは大体見当がついた。
 ここ最近、彼女の関心はその一点に集中していたから――。
「あんまり放っておいて、誰かに盗られちゃっても知らないから。なつきさんって、モテるのでしょう?」
「……相応に」
 貴水はどうして母がここまで不安を煽〔あお〕るのかが分からなかった。
 そんな息子の心情を察したのか、水江はふふふと笑ってはるか遠くを見た。
「だって、聴いてみたいじゃないの。――あなたたち、二人のピアノ。きっと、とても美しい旋律なのでしょうね……」

 だから、一緒にピアノを弾きたいのなら 今すぐ ここに連れて来いと彼女は駄々をこねるかのように望んだ。

「 母さん…… 」
 よく晴れた秋空へ、火葬場の煙が一本まっすぐに立ち昇る。
 危ないと言われてからも、どこかで まだ 大丈夫だと無責任に信じていた。
 けれど。
 人間はあっけないほどに、簡単に白い骨になってしまう。そう思うと、涙も出なかった。
 叔父である千住久一が色々と手助けしてくれたお陰で、一週間ほどである程度の母の身辺整理が終わって……魚路利〔うおじり〕療養所に最後の挨拶に向かい、水江の担当だった看護士に声をかけられる。
 彼女は貴水のことをよく知っているらしかった。
「このまま、ドイツに発たれるんですか?」
「はい。……いえ、その前に」
 何故か、「風花音楽大学」の名前を口にしていた。

「小夜原先輩はいませんよ」

 対応した『宴会部』の幹部らしいボーイソプラノの彼の、明瞭な答え。
「……そう。だったら、いいんだ」
 タイミングは一度はき違えると、合わせるのが……とても難しいのだと思った。



 本当は。

 君に伝えたいことがあったんだ。
 とても、身勝手な言葉を……伝えてもいいだろうか?
 伝えたいんだ、君に。

 小夜原さん。


fin.

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