Moonlight Piano #13-wc


〜風花音楽大学一回期、秋・夜長な頃に〜
■拍手ページから落ちてきました■
こちらの 「#13-wc」 は、
「Moonlight Piano」の「うぇぶ拍手」用に書いた
オマケ番外SS/加筆修正版です。
時間列としては、「#13」の少しあとの秋。
あの「#1」の頃から、一年経ったんだなあとふと思う季節。



 10月。

 大学の図書館で楽典を開いていた千住貴水は、机の向こうから身を乗り出した小夜原なつきの提案に「ふぅん」という相槌を打つと、そのまま目を楽典へと戻した。
「ねえ! なんか要望とかないの? ナースでもメイドでもレースクイーンでもいいんだよっ」
「……小夜原さん、それって 仮装 の意味が違う気がするんだけど」
「いいから! 言って!! 千住くんがその気になりそうなのでいいんだから」
「特にない」
 すっぱりと、即答されたなつきはガタンと大きな音を立てて立ち上がると、引っ叩きそうになるのを堪える。
 ああ、そう。
 低く、唸る。

「いいわよ、もう!」

 強く言い捨てると、本から顔を上げた……それでなくても人の目を惹く特異な姿をした彼を残して、シンと静まりかえった図書館から出て行った。



〜 もうひとつの愛の夢 〜


 受話器の向こうでなつきの東亀水高校時代の友人である宍戸美代〔ししど みよ〕は、困ったように笑った。
『わたしに、どう思う? って訊かれてもねー?』
「そりゃそうだけど! 「特にない」はないでしょ? 傷つくじゃないっ」
『あ、まあね。それは分かるわ。関心ないみたいに聞こえるもんね、まるで』
「そうよ!」
 憤懣やるかたないと、息巻くなつきに美代はくすくすと笑った。
『でも、相手があの 千住くん だなんて……なつきの趣味って ヘン 』
「ヘンじゃないよ」
『そぉお?』
「みんなが 知らない だけだわ」
『あー、はいはい。結局のところノロケってワケよね。分かってるわよ』
「ち、ちがうってば!」
『もう、素直じゃないんだから……じゃあね、質問。千住くんとできあがってるの?』
 美代の謎賭けに、なつきは面食らって「え?」と訊き返した。
 何の話か、まったく分からない。
 受話器から届く声は、だからねーと続ける。
『高校の時は、「まだ」だったでしょ? わたしの個人的な見解だけど……でも、話を聞いてたらなんとなく、しちゃった?』
「……それって、アレの話?」
『トーゼン、男女の繋がりの話よ』
「そんなに分かる?」
『いや、確信はなかったけど。――やっぱりねえ』
 美代はしたり声で頷いて、「ほら、ノロケ話じゃん」とくすすっと笑った。
「ひどい、カマをかけたの? 美代」
『さあ? どーでしょー。それよりその千住くんの言葉って彼らしいじゃない? なつきに興味がないから出たんじゃないと思うけど?』
「そうかもね」
 あまりに屈託のない笑い声が受話器から流れるから、なつきも最後には笑ってしまった。

「 小夜原さん 」

 受話器を置いたなつきに、貴水が困ったような表情で声をかけた。
 何を隠そう、彼の一人暮らしの部屋であるマンションからなつきは美代に電話をしていた。
 もちろん、コレは彼に聞かせるためだ。
 しかし、まさかこのコトで美代に感づかれるとは思わなかったけれど……。
「 バレちゃった 」
 厭味もなくぺろり、と舌を出すなつきに貴水はなんとも言えない表情をした。
「知らないよ、僕は」
 なつきに強いている関係が、けっして宍戸美代が思っているような甘い関係ではないことに、貴水は負い目を感じた。
「何よ、不満?」
「僕は男だからいいけど……噂になって大変なのは君のほうだろう?」
 貴水が真顔で心配するものだから、なつきはくすりと笑った。
(ホント、全然分かってない。千住くんらしいけど……)
「わたしは 平気 だけど――そんなに気にするんだったら、ひとつお願いしてもいい?」
「……なに?」
「 キスして 」

 その長い前髪から覗く闇の瞳が、迷うように揺れた。

「知らないよ、僕は――本当に」
 唇を重ねる前、額をコツンと当てた貴水は息がかかるほどの至近距離で目を合わせて「そのままの君で本当は十分その気になるんだけど」と困ったように告白した。



 それを早く、言いなさいよ。

 彼の首に手を廻して強く力をこめると……なつきは、全体重を 彼に 委ねた。


fin.

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